北海道のIT企業がDX人材を社内で育てる研修設計の考え方——「外から採る」前に「中で育てる」発想
育成・研修

北海道のIT企業がDX人材を社内で育てる研修設計の考え方——「外から採る」前に「中で育てる」発想

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北海道のIT企業がDX人材を社内で育てる研修設計の考え方——「外から採る」前に「中で育てる」発想

「DX人材が欲しいんですが、札幌の市場では採れなくて。東京に負けちゃうんですよ」

札幌のシステム開発会社の社長から、何度もこう聞いてきました。DX(デジタルトランスフォーメーション)が経営の重要テーマとなり、DX人材の争奪戦が激化しています。クラウド、AI、データ分析、セキュリティ——これらのスキルを持つ人材は、全国どこの企業も欲しがっている。

しかし、「外から採る」ことだけに頼っていては、特に北海道の中小IT企業は人材確保の競争に勝てません。東京の企業がリモートワーク前提で高い報酬を提示してくる中、採用だけで戦うのは現実的ではない。

私はこれまで500社以上の企業の人事を支援してきましたが、DX人材の確保で成功している企業の多くが、「外から採る」前に「中で育てる」ことに注力しています。既存の社員をDX人材に育てる研修設計の方法を、この記事で考えます。


DX人材とは何か——「技術者」だけではない

まず、DX人材の定義を整理しましょう。「DX人材=プログラマー」と思い込んでいる企業が多いのですが、DX人材はもっと幅広い概念です。

DX人材の4つのタイプ

  1. ビジネスアーキテクト:DXで「何を変えるか」を構想する人。事業の課題を理解し、デジタル技術でどう解決するかを設計する
  2. データサイエンティスト/アナリスト:データを分析し、ビジネスの意思決定を支援する人
  3. エンジニア/デベロッパー:システムやアプリケーションを設計・開発する人
  4. デジタルリテラシー人材:DXの推進を理解し、デジタルツールを活用して業務を改善できる人

多くのIT企業が「3のエンジニア」の採用に集中していますが、実は「1のビジネスアーキテクト」と「4のデジタルリテラシー人材」こそ、社内で育成しやすく、かつ不足しがちな人材です。


なぜ「社内育成」が有効なのか

理由1:自社の事業を理解している

DX人材に最も求められるのは、「技術力」だけではなく、「事業の課題を理解し、技術で解決する力」です。自社の事業を深く理解している既存社員は、この点で外部から採用した人材よりも有利です。

理由2:採用市場の競争を回避できる

DX人材の採用市場は過熱しています。特に、クラウドアーキテクトやデータサイエンティストは、年収1,000万円以上のオファーが珍しくありません。北海道の中小IT企業がこの争奪戦に参加するのは、経営的に厳しい。

既存社員を育成すれば、採用コストを抑えつつ、必要なスキルを組織に蓄積できます。

理由3:社員のエンゲージメントが高まる

「この会社にいれば、新しいスキルを学べる」——成長の機会を提供することは、社員のエンゲージメントを高め、離職を防ぐ効果があります。特にIT人材は「技術の停滞」を恐れる傾向が強く、スキルアップの機会がない企業からは離れていきます。

理由4:組織全体のDXリテラシーが上がる

特定の「DX人材」を外部から採用しても、その人に依存する構造になりがちです。社内育成であれば、組織全体のDXリテラシーが底上げされ、「一人の専門家に頼る」のではなく「チーム全体でDXを推進する」体制が構築できます。


DX人材育成の研修設計——3つのレイヤー

研修は、全社員向けの基礎教育から、専門家向けの高度な育成まで、3つのレイヤーで設計します。

レイヤー1:全社員向け「デジタルリテラシー研修」

対象:全社員(エンジニアも非エンジニアも含む) 目的:DXの基本概念と、日常業務でのデジタルツール活用力を身につける

内容:

  • DXとは何か——経営視点でのデジタル活用の意味
  • クラウドサービスの基礎知識(IaaS、PaaS、SaaS)
  • データリテラシー(データの読み方、基本的な分析手法)
  • セキュリティの基礎知識
  • 自動化ツールの活用(RPA、ノーコードツール)
  • AI活用の基礎知識

形式:月1回・2時間の集合研修+オンライン教材での自習 期間:6か月(全6回)

ポイントは、「技術の詳細」ではなく「ビジネスでの活用」に焦点を当てること。非エンジニアが「自分にも関係がある」と感じられる内容にすることが重要です。

レイヤー2:選抜者向け「DX推進人材育成プログラム」

対象:レイヤー1修了者のうち、意欲と適性のある10〜15%を選抜 目的:社内のDXプロジェクトをリードできる人材を育成する

内容:

  • プロジェクトマネジメントの基礎
  • 要件定義とシステム設計の考え方
  • データ分析の実践(SQLの基礎、BIツールの活用)
  • アジャイル開発の基礎
  • DXの事例研究(他社のDX成功・失敗事例の分析)
  • 自社のDX課題の特定と解決策の提案(実践課題)

形式:月2回・3時間の実践研修+メンターによる個別指導 期間:6か月〜1年

このレイヤーの最大のポイントは、「実践課題」です。研修の最終課題として、自社の実際の業務課題をDXで解決する提案を作成し、経営陣にプレゼンテーションする。この経験が、学んだ知識を実践力に変える転換点になります。

レイヤー3:専門家向け「技術深化プログラム」

対象:レイヤー2修了者のうち、特定の技術領域を深化させたい人材 目的:クラウドアーキテクチャ、データサイエンス、セキュリティなど、特定の専門領域のエキスパートを育成する

内容(専門領域ごとに設計):

  • 外部の専門研修・認定資格の取得支援
  • 外部のカンファレンスへの参加
  • 社外のコミュニティへの参加
  • 社内のDXプロジェクトへの参画
  • 技術ブログの執筆、勉強会での発表

形式:個別の学習計画に基づく自律学習+四半期ごとの進捗確認 期間:1〜2年

このレイヤーでは、「会社が学びの場を提供し、本人が自律的に学ぶ」スタイルが基本です。資格取得の費用補助、書籍購入費の支給、勉強時間の確保——会社が「投資」として支援することが重要です。


札幌のIT企業ならではの研修設計の工夫

札幌のIT企業には、DX人材育成において活用できる地域の強みがあります。

工夫1:札幌のIT勉強会コミュニティの活用

札幌には活発なIT勉強会のコミュニティがあります。クラウド、AI、データ分析、セキュリティ——さまざまなテーマの勉強会が定期的に開催されています。

社員にこれらの勉強会への参加を推奨し、参加費用を会社が負担する。「社外の知見に触れる」ことは、社内研修だけでは得られない刺激を与えます。

工夫2:地元の大学・専門学校との連携

北海道大学、公立はこだて未来大学、北海道情報大学——北海道にはIT・情報系の教育機関があります。これらの機関との連携で、最新の技術動向に関する講義や、共同研究プロジェクトに社員を参加させることが可能です。

工夫3:北海道の産業課題をDXの「教材」にする

農業、水産業、観光業、物流——北海道の基幹産業の課題は、DXの格好の「実践教材」です。

「農業のデータ分析による収量予測」「観光業のAIを活用したマーケティング」「物流の最適化」——自社の技術を北海道の産業課題の解決に活かすプロジェクトを、研修の一環として設計する。実際の課題に取り組むことで、学びの深さが格段に上がります。


DX人材育成を「続ける」仕組み

研修は「始めること」よりも「続けること」が難しい。

仕組み1:学習の時間を「業務」として確保する

「研修は業務外でやってください」では、続きません。月に最低8時間(週2時間)を「学習時間」として業務時間内に確保する。これを「投資」として経営者が認める。

仕組み2:学びを「アウトプット」につなげる

学んだことを社内勉強会で発表する、技術ブログに書く、実際のプロジェクトで試す——アウトプットの機会があると、学びの定着率が大幅に上がります。

札幌のクラウドインテグレーション企業では、月1回の「テックトーク」を開催し、社員が持ち回りで15分のプレゼンテーションを行っています。テーマは「最近学んだ技術」「プロジェクトで工夫したこと」「読んだ技術書の紹介」など自由。この場が、学びのモチベーション維持に大きく貢献しています。

仕組み3:資格取得のインセンティブ

AWS認定、Azure認定、Google Cloud認定、情報処理技術者試験——DX関連の資格取得に対して、以下のインセンティブを提供します。

  • 受験費用の全額補助
  • 合格時の報奨金(資格の難易度に応じて1万〜10万円)
  • 資格取得を人事評価に反映

仕組み4:キャリアパスとの連動

DXスキルの習得が、キャリアの前進につながることを明確にする。「このスキルを身につければ、次のグレードに進める」「この資格を取れば、プロジェクトリーダーに推薦される」——学びとキャリアの結びつきが、学習の最大のモチベーションになります。


事例:社内育成でDX人材を確保した北海道のIT企業

事例:札幌のシステム開発会社(従業員60名)

この企業は、クラウド案件の増加に対応できるDX人材の不足に悩んでいました。クラウドアーキテクトの外部採用を試みましたが、年収800万円以上の条件を提示しても応募がなく、方針を「社内育成」に切り替えました。

取り組み

  • レイヤー1:全社員向けのデジタルリテラシー研修を6か月間実施
  • レイヤー2:選抜した8名に対して、クラウド技術(AWS中心)の実践研修を実施。外部講師を招き、月2回の集中トレーニング
  • レイヤー3:8名のうち3名を「クラウドスペシャリスト候補」として選抜。AWS認定資格の取得を支援(受験費用・教材費を全額補助、合格報奨金5万円)
  • 実践の場として、社内のシステムのクラウド移行プロジェクトを研修生に担当させた

結果(1年半後)

  • 8名中6名がAWS認定資格を取得
  • 3名のスペシャリスト候補が、顧客向けのクラウド案件をリードできるレベルに到達
  • クラウド関連の受注額が前年比180%に増加
  • 外部採用にかかるはずだった費用(年収800万円×2名=1,600万円)を回避
  • 研修にかかった費用は総額約300万円(外部講師、教材、資格受験費用、報奨金)
  • 社員の離職率が15%から8%に改善(「学べる環境」が定着の理由として挙げられた)

DX人材育成の「はじめの一歩」

ステップ1:全社員向けの「DX基礎講座」を1回開催する

2時間でいいので、「DXとは何か」「自社にとってのDXの意味は何か」を全社員に伝える場を設ける。外部講師を呼ぶのが難しければ、社内でDXに詳しい社員が講師を務めてもよい。

ステップ2:意欲のある社員を3名選び、外部研修に送る

クラウド、データ分析、AIなど、自社に必要なスキル領域の外部研修に、意欲のある社員を参加させる。まずは3名程度から始める。

ステップ3:学んだことを実践する「場」を作る

研修で学んだことを、実際の業務で試す場を提供する。小さなプロジェクトでいいので、「学びを実践に活かす」経験が、DX人材としての成長を加速させます。

DX人材は「外から採ってくる」だけのものではありません。既存の社員の中に、DXを推進する力を持った人材は眠っています。その力を引き出し、育てる仕組みを作ること——それが、北海道のIT企業が人材不足の時代を乗り越えるための、最も現実的で効果の高い戦略ではないかと、私は考えています。

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