北海道の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「社長を継ぐ人」と「会社を動かす人」の両方を育てる
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北海道の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「社長を継ぐ人」と「会社を動かす人」の両方を育てる

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北海道の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法——「社長を継ぐ人」と「会社を動かす人」の両方を育てる

「会社を息子に継がせるつもりです。でも、息子が社長になったとき、今いるベテラン社員がちゃんとついてきてくれるかどうか……」

小樽の水産加工会社の3代目社長が、70歳を目前にこう漏らしました。北海道には、創業から数十年を経た老舗企業が数多くあります。食品加工、建設、卸売、製造——地域の経済と雇用を支えてきたこれらの企業が、いま事業承継のタイミングを迎えています。

事業承継というと、「誰が次の社長になるか」という経営の承継に目が向きがちです。しかし、私はこれまで500社以上の企業の人事を支援してきた経験から、事業承継の成否を決めるのは「人材の承継」であると確信しています。

社長が代替わりしても、社員が辞めず、技術が失われず、顧客との関係が維持される——この「人材の承継」がなければ、事業承継は形だけのものになってしまいます。この記事では、北海道の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進めるための考え方を整理します。


北海道の老舗企業が抱える事業承継の課題

課題1:後継者が決まっていない、または育っていない

中小企業庁のデータによれば、後継者が決まっていない中小企業は全体の6割以上。北海道ではこの割合がさらに高いと言われています。後継者候補がいても、「まだ若い」「経験が足りない」として、承継の準備が先送りされているケースが多い。

課題2:社長の「属人的な経営」が承継の壁

創業者や長年の社長が、自らの人脈、判断力、カリスマ性で会社を動かしてきた場合、「社長が変わったら、取引先との関係が切れる」「社長の判断がなければ、現場が動かない」という状態になっています。この属人性が、承継の最大の障壁です。

課題3:ベテラン社員の退職と技術の流出

社長の交代時期と、ベテラン社員の定年退職のタイミングが重なることが多い。長年蓄積された技術やノウハウが、社長の交代と同時に失われるリスクがあります。

課題4:組織の「空気」の変化

長年の社長のもとで築かれた組織の文化や「空気」が、社長の交代で一変することがあります。「前の社長のほうがよかった」「新しい社長のやり方についていけない」——こうした反発が、承継後の組織を不安定にします。

十勝の製造業では、先代社長の引退後、ベテラン社員5名が相次いで退職しました。「先代についてきたのであって、新しい社長にはついていけない」が退職理由でした。技術の中核を担う社員を失ったことで、製品の品質に影響が出る事態になりました。


事業承継と人材承継を「同時に」設計する

事業承継を「社長の交代」だけで捉えるのではなく、「経営の承継」「人材の承継」「技術の承継」「関係性の承継」の4つの領域で計画的に進めます。

領域1:経営の承継——「経営者を育てる」

後継者を「社長の座に就ける」のではなく、「経営者として育てる」期間が必要です。

  • 段階的な権限の委譲:後継者に対して、まず一部の事業領域の責任を任せ、段階的に範囲を広げる。「いきなり全権限」ではなく、「徐々に広げる」
  • 経営判断への参画:後継者を重要な経営判断の場に参加させ、先代社長の判断プロセスを学ぶ機会を作る
  • 外部のネットワーク構築:先代社長が持つ取引先、金融機関、行政、業界団体との人脈を、後継者に引き継ぐ。「先代と一緒に挨拶に行く」段階から始める
  • 経営者としての学びの場:中小企業経営者向けの塾や勉強会への参加。同世代の経営者との交流は、孤独になりがちな後継者の支えになる

帯広の建設会社では、先代社長が65歳の時点で後継者(息子)を副社長に任命し、5年かけて段階的に権限を委譲しました。最初の1年は主に社内の人事と総務を担当。2年目からは営業と顧客対応。3年目以降は財務と全社的な経営判断。5年後に社長交代した時には、後継者はすでに社内外から「次の社長」として認知されており、スムーズな移行が実現しました。

領域2:人材の承継——「キーパーソンを繋ぎ留める」

社長の交代時に、組織を支えるキーパーソンが離れてしまわないようにする施策です。

  • キーパーソンの特定:技術、営業、管理——各領域で「この人がいなければ困る」人材を特定する
  • キーパーソンとの対話:社長交代の計画を早い段階で共有し、「あなたは新体制でも重要な存在です」というメッセージを伝える
  • 処遇の見直し:キーパーソンの報酬や役職を見直し、「ここに残る理由」を明確にする
  • 後継者との関係構築:後継者がキーパーソンと信頼関係を築く時間を確保する。先代社長が間に入って橋渡しをする

領域3:技術の承継——「ベテランの知恵を組織に残す」

ベテラン社員が持つ技術やノウハウを、個人から組織に移す作業です。

  • 技術の棚卸しと見える化:ベテランの技術を文書化、動画化する
  • 指導者としての役割設計:ベテランを技術指導者として位置づけ、若手への承継を正式な業務にする
  • マニュアルの整備:暗黙知を形式知に変える作業を計画的に進める

領域4:関係性の承継——「つながりを引き継ぐ」

先代社長が築いた取引先、金融機関、地域社会との関係を、後継者に引き継ぐ作業です。

  • 顧客への挨拶回り:先代社長と後継者が一緒に、主要顧客を訪問する
  • 地域の会合への同行:業界団体、商工会議所、地域のイベントに、後継者が先代と一緒に参加する
  • 金融機関との関係構築:メインバンクとの関係を、後継者主導に切り替える
  • 行政との関係維持:補助金、規制、地域振興——行政との関係を後継者に引き継ぐ

承継期間のタイムラインの設計

事業承継は「ある日突然」行うものではなく、3〜5年の計画で段階的に進めるものです。

承継5年前

  • 後継者の選定と育成計画の策定
  • 事業承継の全体スケジュールの策定
  • キーパーソンの特定と対話の開始

承継3〜4年前

  • 後継者への段階的な権限委譲の開始
  • 技術の承継プログラムのスタート
  • 後継者の外部ネットワーク構築の開始

承継1〜2年前

  • 後継者を副社長に任命(社内外への明示)
  • 顧客・金融機関への挨拶回り
  • キーパーソンの処遇見直し
  • 組織体制の見直し(後継者のもとでの体制設計)

承継時

  • 社長交代の正式な発表
  • 先代社長の役割の再定義(会長、相談役など)
  • 新体制のスタート

承継後1〜2年

  • 新体制の安定化
  • 先代社長の段階的なフェードアウト
  • 新社長の独自色の打ち出し

先代社長の「引き際」の設計

承継のもう一つの難しさは、先代社長の「引き際」です。

「いつまでも口を出す先代」は、後継者のリーダーシップを阻害します。一方、「完全に手を引く先代」は、後継者にとって頼れる人がいない不安を生みます。

  • 承継直後の1年:先代は会長として、後継者の相談相手になる。ただし、日常の経営判断には介入しない
  • 承継2年目以降:先代は徐々にフェードアウト。出社頻度を減らし、重要な場面でのみアドバイスを行う
  • 承継3年目以降:先代は完全に退き、後継者が独力で経営する体制に

事例:事業承継と人材承継を同時に成功させた北海道の老舗企業

事例:小樽の食品卸会社(創業60年、従業員35名)

3代目社長(70歳)から4代目(息子、42歳)への承継。先代社長の人脈と信頼関係に大きく依存していた経営からの転換が課題でした。

取り組み(5年間の計画)

  • 4代目を3年前に副社長に任命。最初の1年は社内改革(業務効率化、評価制度の見直し)を担当
  • キーパーソン5名を特定し、先代社長が個別に面談。「新体制でも力を貸してほしい」と直接依頼
  • ベテラン社員2名を「技術顧問」として再雇用する契約を事前に締結
  • 主要取引先80社に、先代と4代目が2年かけて挨拶回り
  • メインバンクとの関係を、4代目主導に段階的に移行
  • 全社員を対象に、新体制のビジョンと方針を4代目が説明する場を3回開催

結果

  • 社長交代後1年間の退職者:0名
  • キーパーソン5名全員が残留
  • 主要取引先の継続率:100%
  • メインバンクとの関係:スムーズに移行
  • 4代目社長が導入した新しい販売チャネル(ECサイト)が売上の10%を占めるまでに成長

先代社長の言葉が印象的でした。「5年前から準備を始めて本当に良かった。直前になってバタバタしていたら、社員も取引先も不安になっていただろう。承継は、早く始めれば始めるほどいい」。


北海道の老舗企業が承継で見落としがちな「組織文化の承継」

事業、人材、技術、関係性——これらに加えて、見落とされがちなのが「組織文化の承継」です。

先代社長のもとで長年培われた「うちの会社らしさ」——仕事への姿勢、社員との接し方、地域との関わり方。この「文化」は、明文化されていないことが多いため、社長が交代すると知らないうちに失われてしまうリスクがあります。

文化を承継する方法

  • 創業の理念を文書化する:「なぜこの会社を作ったか」「何を大切にしてきたか」を、先代社長の言葉で記録に残す
  • 「暗黙のルール」を言語化する:長年続けてきた慣習(年始の挨拶回り、地域のイベントへの参加、社員の家族への心遣いなど)を書き出す
  • 後継者が「文化の守護者」になる:先代の良い文化を守りつつ、新しい時代に合った形に進化させる。「すべてを変える」のではなく、「根幹は守り、枝葉は時代に合わせる」姿勢

釧路の食品加工会社では、先代社長が「うちの会社の10か条」を文書にまとめ、後継者と全社員に配布しました。「お客さんの顔を思い浮かべて仕事をする」「困った時は助け合う」「地域のイベントには必ず顔を出す」——シンプルな言葉ですが、会社の文化の核心が凝縮されています。後継者はこの10か条を守りながら、新しい取り組み(ECサイトの立ち上げ、SNSでの情報発信)を加えることで、「伝統と革新の両立」を実現しています。


事業承継・人材承継の「はじめの一歩」

ステップ1:「もし明日自分がいなくなったら」を想像する

経営者の方へ。「もし明日自分が会社に来られなくなったら、何が困るか」を書き出してみてください。その「困ること」のリストが、承継で引き継ぐべき項目です。

ステップ2:後継者候補と「経営」について話す

後継者候補と、日常の業務ではなく「会社の将来」について話す時間を作ってください。30分でいい。「この会社をどうしたいか」「何が不安か」——この対話が、承継の第一歩です。

ステップ3:キーパーソンに「あなたが必要だ」と伝える

社長交代の具体的な計画がなくても、今の時点で「あなたはこの会社にとって不可欠な存在だ」と伝えることに意味があります。この一言が、承継時の人材流出を防ぐ最初の一手になります。

事業承継は「経営のバトンタッチ」であると同時に、「人と技術と関係性のバトンタッチ」です。北海道の老舗企業が次の世代に受け継がれ、地域の経済と雇用を支え続けるために、事業承継と人材承継の両輪を今から回し始めることを願っています。

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