
リスキリングって、北海道の中小企業に本当に必要なのか——現場で感じる「育成の壁」に向き合う
目次
リスキリングって、北海道の中小企業に本当に必要なのか——現場で感じる「育成の壁」に向き合う
1. 冒頭:読者のモヤモヤを言葉に
「リスキリング」という言葉を聞くたびに、少しだけ遠い話のように感じてしまうことはないでしょうか。
DXが進む大都市の企業での話、あるいは予算が潤沢な大手企業がやること、そんなふうに頭の片隅に置いてしまっている人事担当者の方も、北海道には少なくないと思っています。
ある北海道の食品加工企業の人事担当者から聞いた話があります。「退職した若手に理由を聞いたら、"成長できる気がしなかった"と言われた。悔しくて何か育成施策を作ろうとしたけど、繁忙期は研修どころじゃないし、閑散期には人件費を抑えたい。結局、また同じことを繰り返してしまった」と。育成への意志はある、でも手が届かない——この「壁」の実感が伝わってきました。
採用コストで考えると、中途採用1人あたりの費用は求人媒体費・エージェント費用・引継ぎ工数を含めると80〜150万円に達することが珍しくありません。「育成への投資を惜しんで辞められるコスト」と「育成に投資して定着してもらうコスト」——どちらが安いかを計算すると、見えてくるものがあります。
育成への意志はある。でも手が届かない——そういう状態が、北海道の多くの現場で続いているのではないでしょうか。
2. 北海道ならではの文脈
北海道の産業を支える農業・酪農・水産業・食品加工業は、季節によって仕事の量が大きく変わります。繁忙期には研修どころではなく、閑散期には人がいても仕事が少ない。そのサイクルの中で「計画的な育成」を設計しようとすると、どこかで無理が出てきます。
また、道内の多くの企業は中小規模です。人事専任担当者がいない会社も珍しくなく、「育成計画を立てたくても、それを担う人材がいない」という状況があります。加えて、観光業やIT関連では、インバウンド対応や新技術への適応が急速に求められているにもかかわらず、研修体制が追いついていないケースが多い。多言語対応・デジタルツール活用・新設備の操作——これらのスキルは、「放置していれば誰かが覚える」という性質のものではなく、意図的に育成しなければ誰も持てないままになります。
道外や札幌への人口流出という構造的課題もあります。「せっかく育てても辞められる」という経験が積み重なると、育成への投資意欲そのものが削がれていきます。この気持ちは理解できるのですが、「育成しないから辞める」という逆の因果関係も存在していることを、データは示しています。「成長できる環境かどうか」は、若い世代の就職先選択と定着の大きな判断基準になっています。
3. なぜ今この課題が重要か
育成の話を「コスト」として捉えると、確かに後回しにしたくなります。でも、視点を変えてみると景色が変わります。
採用コストで考えると、中途採用1人あたりの費用は100万円を超えることも珍しくありません。一方、既存社員のスキルアップに年間20〜30万円を投資して定着率が1〜2%改善すれば、100名規模の企業では年間80〜150万円の採用コスト削減につながります。育成投資はコストではなく、採用コスト削減の手段でもあります。
また、北海道では今後さらに労働人口の減少が見込まれています。「外から採用する」戦略だけでは限界が来る可能性がある。そうなったとき、「今いる人材をどう活かすか」が経営の生命線になります。リスキリングは、その現実への備えでもあります。
さらに、特に若手世代にとって「成長できる環境かどうか」は、入社・定着の重要な判断基準になっています。育成への投資は、採用ブランドにもつながります。「この会社に入れば成長できる」という評判が、採用コストを下げ、質の高い候補者を引き寄せる——育成は採用とつながった投資です。
4. 実践に向けた3つの視点
視点1:「繁閑」を活かした育成設計
北海道の産業特性に合わせて、閑散期を「育成の季節」として位置づける発想があります。農業・観光・水産業の閑散期にあたる時期(農業なら冬季、観光なら春先の端境期など)に、集中的なOJTや外部研修を組み込む設計です。
ここで大切なのは、「閑散期だからできる研修」を事前にリスト化しておくことです。繁忙期に入ってから考えていては手遅れになります。年間カレンダーと照らし合わせて、「このタイミングにこの研修を入れる」と先に決めておく。さらに「閑散期の研修費用は、繁忙期の売上から充当する」という考え方で予算を設計しておくと、経営の承認も得やすくなります。
視点2:OJTを「設計」する
「背中を見て学べ」という文化が残っている企業では、OJTが事実上機能していないことがあります。指導担当者が何を教えるかが属人的で、育つかどうかが「誰のチームに配属されるか」で決まってしまう状態です。同じ職場で3年働いても、ある人は技術が上がり、ある人は変わらない——この差はほぼ、OJTの設計の差です。
リスキリングというと外部研修や資格取得をイメージしがちですが、日常業務の中にある「学びの機会」を意図的に設計することも立派な育成施策です。「この業務を通じて何を習得させたいのか」を明文化し、週1回10分の振り返りを設けるだけで、OJTは大きく変わります。研修教育の研究によれば、職場でのOJTと振り返りを組み合わせた学びは、研修単体と比べて行動変容率が3〜4倍高くなることが示されています。
視点3:経営数字と育成をつなぐ
育成計画が経営と切り離されていると、予算が取りにくく、継続もされにくくなります。逆に、「このスキルが上がれば、この業務の生産性が○%改善する」「この資格を持つ人材が増えれば、○○の受注機会が広がる」という形で経営数字とつながると、育成は「コスト」から「投資」に変わります。
人事として育成計画を提案するときに、事業インパクトを数字で語る習慣をつけることが、経営との信頼関係を作る上でも重要だと感じています。「育成費用は年間○万円。1人の離職コストは○万円。育成によって離職を1人防ぐだけで投資は回収できる」——この計算を1枚の資料にまとめるだけで、経営者の反応が変わることがあります。
視点4:育成の「受益者」を社員本人にする設計
育成施策が「会社が社員にやらせるもの」になると、受け身の参加者が増え、効果が薄くなります。逆に、社員自身が「自分の成長のために参加している」という感覚を持てると、学びの質が上がります。
そのために有効なのが、「育成の目標を社員と一緒に設定する」という取り組みです。「会社が決めた研修を受ける」ではなく、「自分がこのスキルを上げたい、そのためにこの研修を会社にサポートしてもらう」という形にすることで、当事者意識が生まれます。ある北海道の企業では、年間育成予算の一部を「個人の学習予算」として社員に渡す仕組みを作り、利用率と学習後の行動変容率が大きく改善したといいます。
5. 事例・エピソード:ある北海道の食品加工企業の取り組み
ある北海道の食品加工企業では、パートタイムスタッフが多く、正社員との間でスキルギャップが大きいことが課題でした。繁忙期には全員が稼働しているため研修の時間が取れず、閑散期には「やることがない」という状態が続いていました。
そこで人事担当者が試みたのは、「閑散期の2ヶ月を、毎週1回2時間のグループ学習の機会にする」という小さな仕組みづくりでした。テーマは食品衛生管理や機械のメンテナンス知識など、業務に直結するもの。外部講師を呼ぶのではなく、社内の熟練スタッフが教え手になる形を取りました。追加コストはほぼゼロ。必要だったのは「毎週この時間は学ぶ時間」と決めた意思決定だけでした。
結果として、教える側のスタッフのエンゲージメントが上がりました。「自分の知識が後輩の役に立っている」という実感が、ベテランの離職防止にもつながりました。習う側のスタッフも理解と業務品質が改善し、翌年のパートスタッフの継続率が前年比5ポイント改善。年間で換算すると、採用・引継ぎコスト削減効果は100万円超になると試算されています。大きな仕組みではなく、「今あるもので始める」という発想が、北海道の現場には合っているのかもしれません。
6. よくある失敗パターン
「とりあえず研修を入れる」:課題が曖昧なまま外部研修を導入すると、現場から「なぜこれをやるのか」という反応が返ってきます。育成施策は、「何のために」「何を身につけるために」という目的が先にある必要があります。目的なき研修への参加は、参加者にとってもコストです。
「育成計画が紙の上だけで終わる」:年度初めに立派な計画を作っても、繁忙期に入ると実施されないまま年度末を迎えるケースがあります。計画段階で「どの時期に実施するか」「誰が責任を持つか」を決めておくことが、実行の鍵です。「繁忙期には絶対にやらない」という期間を先に決めてしまうと、残りの時間で何ができるかが見えてきます。
「育てた人が辞める恐怖から投資できない」:これは気持ちとして非常によくわかります。ただ、「育てないから辞める」という逆の因果関係も同時に存在しています。「育成する組織」という評判が採用に与える中長期の効果も視野に入れることが大切だと思います。採用しやすい企業になることが、育成コスト以上の価値を生みます。
7. 「事業を伸ばす人事」を北海道から
育成や研修の話をするとき、どうしても「人のため」という視点だけになりがちです。でも本当は、育成が機能する組織は、生産性が上がり、採用競争力が上がり、離職コストが下がり、それが事業の成長につながっていきます。
北海道という地域のハンデを嘆くのではなく、「この地域だからこそ設計できる育成の形がある」と考えることができる人事が、これからの北海道の企業には求められていると思っています。繁閑差、中小規模、UIターン人材——これらは制約であると同時に、育成設計のユニークな素材でもあります。自社の環境に合った育成の形を見つけていく。その試行錯誤の積み重ねが、北海道の人事担当者の力になります。
「育成に投資できる組織かどうか」は、採用でも候補者に見られています。「成長できる環境かどうか」を重視する若い世代が増えている中で、「育成の仕組みがある」と自信を持って説明できるかどうかが、採用競争力の差になります。小さくても具体的な育成の仕組みを作ることが、「この会社は成長できる」という採用メッセージを裏打ちします。育成投資は「今いる人のため」と同時に「これから来る人を引き寄せるため」でもあります。
「リスキリング」という言葉が大きく聞こえるとき、立ち戻るべきは「目の前の社員が3ヶ月後に少し成長できているか」という問いです。壮大な計画より、小さな継続の方が育成の現場では機能します。「今週、社員に何かを学ぶ機会を作れたか」——この自問を習慣にするだけで、育成担当者としての感覚は磨かれていきます。北海道の企業の強みは、経営者と人事と現場の距離が近いことです。この近さを活かして「現場の実態に即した育成設計」ができる人事が、北海道の産業を支えていくはずです。
8. CTA
育成・リスキリングの設計を、事業数字と結びつけながら実践したい方へ。
人事のプロ実践講座では、育成投資を経営言語で語るフレームワークを学べます。北海道の現場に即した事例も交えながら、「実行できる人事」に向けた内容です。
また、育成・研修に関する書籍・論文・実践レポートを体系的に参照したい方には、人事図書館の知識ベースが役立ちます。
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