
北海道の観光業における季節雇用と通年雇用の設計——「繁忙期だけの人」で終わらせない組織のつくり方
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北海道の観光業における季節雇用と通年雇用の設計——「繁忙期だけの人」で終わらせない組織のつくり方
「冬の間はスタッフが余る。夏の間は足りない。毎年この繰り返しで、もう疲れました」
ニセコのリゾートホテルの人事担当者から、こう打ち明けられたことがあります。北海道の観光業に関わる人事の方なら、この悩みに深くうなずくのではないでしょうか。
私はこれまで500社以上の企業の人事に関わってきましたが、北海道の観光業の「季節雇用」という構造的課題は、単なるシフト管理の話ではありません。事業の収益構造そのものに直結する、経営の根幹に関わるテーマです。
この記事では、北海道の観光業が抱える季節雇用の問題を、経営数字の視点から整理し、「通年雇用」への移行をどう設計するか、実践的に考えていきます。
北海道の観光業が抱える「季節性」の本質
北海道の観光は、季節によって需要が大きく変動します。夏の富良野・美瑛のラベンダーシーズン、冬のニセコ・ルスツのスキーシーズン、秋の大雪山の紅葉——それぞれのピーク時には、通常の2倍から3倍の人手が必要になります。
この季節変動に対応するため、多くの観光事業者は季節雇用(パート・アルバイト・派遣)で人員を調整してきました。一見合理的に見えるこの仕組みが、実はさまざまな経営課題を生み出しています。
課題1:毎シーズンの採用コストの累積
季節雇用を中心にした運営では、毎シーズン、採用活動をゼロからやり直すことになります。求人広告の出稿、面接、研修——これらのコストは、年間で積み上がるとかなりの金額になります。
あるニセコのホテルでは、冬のスキーシーズンに向けて毎年60名の季節スタッフを採用しています。1人あたりの採用・研修コストを概算で5万円とすると、年間300万円。これが毎年発生します。5年間で1,500万円。この金額があれば、通年雇用のスタッフを3〜4名確保できる計算です。
課題2:サービス品質のばらつき
季節スタッフは毎年入れ替わるため、サービスの品質にばらつきが出やすくなります。「去年は良かったのに、今年はサービスが落ちた」という口コミは、リピーター獲得に直接影響します。
観光業における顧客満足度とリピート率の関係は明確で、私が見てきたデータでは、顧客満足度が10%向上するとリピート率が15〜20%向上する傾向があります。サービス品質の安定は、売上に直結するのです。
課題3:ノウハウの流出と蓄積の困難
季節スタッフが毎年入れ替わると、その人が培った知識や工夫が組織に残りません。「去年のあのスタッフが考えた朝食のアイデアが好評だったけど、今年は誰もやり方を知らない」という状態が起きます。
これは単なる「もったいない」の話ではありません。ノウハウが蓄積されないということは、組織が毎年同じスタートラインに立つということです。競合が着実にサービスを改善していく中で、自社だけが足踏みしている状態——これは経営上、大きなリスクです。
通年雇用への移行を「数字」で考える
「季節雇用の問題はわかった。でも、閑散期に人を抱えるのはコストがかかるじゃないか」
経営者からよく聞く反論です。これは正しい指摘ですが、ここで立ち止まらずに、もう少し数字を掘り下げてみましょう。
シミュレーション:季節雇用vs通年雇用の総コスト
仮に、夏の繁忙期(7〜9月)に30名の季節スタッフが必要なホテルを考えます。
季節雇用の場合:
- 採用コスト(広告・面接・事務):30名×5万円=150万円
- 研修コスト(3日間×30名):約100万円
- サービス品質低下による機会損失(推計):年間200〜500万円
- 合計:年間450〜750万円
通年雇用(15名を通年雇用し、繁忙期に15名の季節スタッフを追加)の場合:
- 通年スタッフの閑散期人件費増分:15名×月額15万円(差額)×3ヶ月=675万円
- 季節スタッフの採用・研修コスト:15名×5万円=75万円
- 通年スタッフによるサービス品質向上効果(リピート率向上による売上増):推計300〜800万円
- 差し引き:-75万円〜+50万円
つまり、通年雇用への移行は、サービス品質の向上を通じた売上増を加味すると、コスト的にほぼトントンか、むしろプラスになる可能性があるのです。
もちろん、これは一つのモデルであり、個々の企業によって数字は異なります。しかし、「通年雇用はコストがかかる」という先入観だけで判断するのではなく、総合的なコスト・ベネフィットで考えることが重要です。
閑散期の「戦力化」を設計する
通年雇用に移行する際の最大の課題は、「閑散期に何をしてもらうか」です。ここの設計がないまま通年雇用に切り替えると、たしかにコストだけが増えます。
私が北海道の観光事業者と一緒に取り組んできた「閑散期の戦力化」のパターンを紹介します。
パターン1:閑散期を「仕組みづくり」の期間にする
繁忙期は目の前のオペレーションに追われ、改善や新しい取り組みに手が回りません。閑散期こそ、サービス改善のプロジェクトを進めるチャンスです。
富良野のあるペンションでは、冬の閑散期(11〜4月)に以下の取り組みを行っています。
- 前シーズンの顧客アンケートの分析と改善策の策定
- 新しい体験プログラムの企画・テストラン
- SNSコンテンツの作成と発信計画の策定
- 施設の修繕・リニューアル計画の実行
- 来シーズンの予約システムの改善
これらは「閑散期にやること」として最初から年間計画に組み込まれています。スタッフは繁忙期のオペレーション要員であると同時に、閑散期の改善プロジェクトのメンバーでもある。この「二刀流」の位置づけが、通年雇用を成立させる鍵です。
パターン2:複数の季節イベントで通年稼働を設計する
これは事業そのものの設計に関わる話ですが、「夏だけ」「冬だけ」の事業構造を、通年で集客できる構造に変えるということです。
洞爺湖のあるリゾート施設では、夏のアウトドアアクティビティに加えて、秋のワインフェスティバル、冬の温泉&星空観察プラン、春の農業体験プログラムを開発しました。完全に繁閑の差をなくすことはできませんが、閑散期の稼働率を30%から55%まで引き上げることに成功しています。
稼働率が上がれば、通年雇用のコストは吸収できる。そして、通年スタッフがいるからこそ、新しいプログラムの企画・運営ができる。これは好循環です。
パターン3:地域内での「人材シェアリング」
北海道の観光業には、面白い特性があります。夏に忙しい観光地と、冬に忙しい観光地が、比較的近い距離に共存しているのです。
夏の富良野と冬のニセコ。夏の知床と冬の阿寒湖。この組み合わせを活かして、スタッフが季節ごとに勤務先を移動する「地域内人材シェアリング」の仕組みを構築している事例があります。
旭川を拠点にした観光人材派遣会社では、夏は富良野・美瑛エリアの宿泊施設に、冬はカムイスキーリンクスや旭山動物園周辺の施設にスタッフを配置しています。スタッフにとっては通年で安定した雇用が確保され、各施設にとっては繁忙期だけの人材確保が可能になる。
この仕組みは、個社だけでは実現が難しい。地域の観光協会や商工会議所が旗振り役となって、複数の事業者が連携する枠組みが必要です。
季節雇用スタッフの「リピーター化」戦略
通年雇用への完全移行が難しい場合でも、季節雇用の質を高めることは可能です。そのカギは「季節スタッフのリピーター化」です。
毎年同じスタッフが来てくれれば、研修コストは大幅に下がり、サービス品質も安定します。季節スタッフの「リピート率」を高めることは、実質的に通年雇用に近い効果をもたらします。
リピート率を高める5つの施策
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シーズン終了時のフィードバック面談:「来シーズンも来てほしい」と明確に伝える。意外なことに、これをやっていない事業者が多い。「言わなくてもわかるだろう」では伝わりません
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オフシーズン中の関係維持:LINE等で季節的な挨拶を送る、施設の近況を共有する。「あなたのことを覚えていますよ」というメッセージが、帰属意識を維持します
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早期確約インセンティブ:次シーズンの参加を早期に確約してくれたスタッフには、時給の上乗せや宿泊条件の優遇を提供する
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成長機会の提供:リピートスタッフにはリーダー的な役割を任せる。「去年より責任ある仕事ができる」という成長実感が、リピートの動機になる
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コミュニティの形成:季節スタッフ同士のつながりを維持するグループを作る。「あのメンバーとまた働きたい」という感情が、最も強いリピート要因になることがあります
あるニセコのリゾートでは、これらの施策を導入した結果、季節スタッフのリピート率が30%から65%に向上しました。リピートスタッフは初日から即戦力として稼働できるため、研修コストの削減だけでなく、サービス品質の底上げにもつながっています。
通年雇用を支える「評価・報酬制度」の設計
通年雇用を成功させるには、評価・報酬制度の設計が不可欠です。繁忙期と閑散期で求められる役割が異なる以上、評価の基準も変わります。
繁忙期の評価軸
- 顧客満足度(アンケートスコア、口コミ評価)
- オペレーションの効率性(対応件数、クレーム件数)
- チームワーク(新人スタッフのフォロー、連携の円滑さ)
閑散期の評価軸
- 改善プロジェクトの遂行度
- 新しいサービスやプログラムの企画・準備状況
- スキルアップ(資格取得、研修への参加)
- 来シーズンの準備完了度
この「二つの顔を持つ評価制度」を明確に設計することで、スタッフは閑散期にも「何をすればいいか」「何が評価されるか」がわかります。
報酬面では、基本給に加えて繁忙期手当を設定するのが一般的です。ただし、ここで注意したいのは、「繁忙期だけ給与が高い」という設計にすると、閑散期のモチベーションが下がるリスクがあること。閑散期の改善活動に対するインセンティブも組み込むことで、年間を通じたモチベーションの維持が可能になります。
インバウンド需要の変化と通年化の追い風
北海道のインバウンド観光は、かつてとは異なる様相を見せています。以前は「冬のニセコのパウダースノー」が主なインバウンド需要でしたが、現在は春の桜、夏のアウトドア、秋の食——四季を通じた北海道の魅力が認知されるようになっています。
この変化は、通年雇用への移行を後押しする追い風です。
「冬だけ外国人客が来る」という状況から、「年間を通じて外国人客が来る」という状況に変わりつつあるなら、通年で多言語対応ができるスタッフを確保する価値は高まります。英語、中国語、韓国語——これらのスキルを持ったスタッフを季節雇用で確保するのは困難です。通年雇用で安定的に確保し、閑散期に語学研修を行う。こうした戦略が現実的になってきています。
あるスキーリゾートでは、インバウンド対応チームを通年雇用にしたことで、冬のスキーシーズンだけでなく、夏のトレッキングやラフティングでもインバウンド集客ができるようになりました。通年スタッフがいるからこそ、「夏に何ができるか」をインバウンド向けに企画・発信できる。そして夏のインバウンド売上が増えたことで、通年雇用のコストを十分に回収できています。
ワーキングホリデー・季節労働者との共存設計
北海道の観光業では、ワーキングホリデーの外国人や、全国から集まる季節労働者が重要な戦力です。通年雇用に移行するからといって、これらの人材を排除する必要はありません。むしろ、通年スタッフと季節スタッフの「役割分担」を明確にすることが大切です。
通年スタッフの役割
- サービスの品質基準の維持・管理
- 季節スタッフの教育・フォロー
- 顧客データの蓄積・活用
- 新規プログラムの企画・運営
- オペレーションの改善・効率化
季節スタッフの役割
- 繁忙期のオペレーション実行
- 多言語対応(ワーキングホリデースタッフの強み)
- 外部の視点からのサービス改善提案
この役割分担が明確であれば、通年スタッフは「自分がいる意味」を実感でき、季節スタッフも「何を期待されているか」がわかります。曖昧な状態が最も良くない。「通年スタッフと季節スタッフの仕事が同じ」では、通年で雇う意味が薄れてしまいます。
事例:通年雇用への移行に成功した北海道の観光企業
事例1:ニセコのホテルチェーン
従業員80名のホテルチェーンが、季節雇用中心から通年雇用へ移行した事例です。移行前は、冬の繁忙期に60名の季節スタッフを採用し、夏は20名の通年スタッフだけで運営していました。
移行後は、通年スタッフを40名に増やし、冬の季節スタッフを30名に減らしました。閑散期の夏には、通年スタッフが以下の業務を担当しています。
- 冬季限定だったレストランの通年営業化(夏のBBQプラン)
- 施設のリノベーション作業(外注費の削減)
- サマーアクティビティの企画・運営(ラフティング、トレッキング)
- 冬の予約受付・マーケティング活動
結果として、夏の売上が前年比40%増。年間の採用コストは50%削減。従業員満足度調査のスコアも20%向上しました。
事例2:知床の体験型観光事業者
従業員12名の小規模事業者です。夏のカヤック・トレッキングツアーが主力でしたが、冬のプログラム(流氷ウォーク、スノーシュー)を開発することで、通年の事業構造に転換しました。
通年雇用にしたことで、冬のプログラムの品質が年々向上。特に流氷ウォークのガイドは高い専門性が求められるため、毎年新しいスタッフでは対応できません。通年スタッフが経験を積み重ねることで、口コミ評価が向上し、予約数が3年で2倍になりました。
まとめ:季節雇用から通年雇用への移行は「経営戦略」
北海道の観光業における季節雇用と通年雇用の問題は、人事の問題であると同時に、経営戦略の問題です。
「繁忙期だけ人を集めればいい」という発想は、短期的にはコストを抑えられるように見えます。しかし、毎年の採用コスト、サービス品質のばらつき、ノウハウの流出——これらの「見えないコスト」を加味すると、必ずしも合理的とは言えません。
通年雇用への移行は、閑散期の活用を設計することで経営的にも成立します。そして、通年スタッフがいることで、新しいプログラムの開発、サービスの改善、顧客データの蓄積が可能になり、事業そのものの成長につながります。
北海道の観光業は、季節の変化が大きいという「弱み」を、四季折々の魅力を提供できるという「強み」に転換できるポテンシャルを持っています。その転換を支えるのが、通年で働く、経験を蓄積し、サービスを改善し続けるスタッフの存在です。
まずは、自社の季節雇用にかかっている「見えないコスト」を一度洗い出してみてください。その数字が、通年雇用への第一歩を後押ししてくれるはずです。
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