
北海道でUターン・Iターン人材の定着率を高めるオンボーディング——「来てもらう」の先にある本当の課題
目次
北海道でUターン・Iターン人材の定着率を高めるオンボーディング——「来てもらう」の先にある本当の課題
「せっかくUターンで来てくれたのに、1年で辞めてしまった」
帯広の食品メーカーの人事担当者から聞いたこの言葉は、北海道の多くの企業が直面している現実です。人口減少が進む北海道では、Uターン(故郷に戻る)やIターン(縁のない地域に移住する)の人材は貴重な存在です。しかし、「来てもらうこと」がゴールになってしまい、「定着してもらうこと」への設計が甘い企業が少なくありません。
私はこれまで500社以上の企業の人事に関わってきましたが、Uターン・Iターン人材の定着は、一般的な中途採用の定着とは異なる課題を持っています。仕事だけでなく、生活の基盤そのものが変わるからです。この記事では、北海道企業がUターン・Iターン人材の定着率を高めるためのオンボーディング(受け入れ)の設計について考えていきます。
Uターン・Iターン人材が直面する「3つのギャップ」
Uターン・Iターンで北海道に来た人材が感じるギャップを整理しておきましょう。このギャップへの対応が、オンボーディングの設計のカギになります。
ギャップ1:仕事のギャップ
都市部で働いていた人が北海道の企業に転職すると、仕事の進め方や組織の文化に戸惑うことがあります。
「前職では企画書を出せば1週間で承認されたのに、ここでは稟議に3週間かかる」「東京ではSlackでのコミュニケーションが主流だったけど、ここではまだ電話とメールが中心」——こうしたギャップは、スキルや能力の問題ではなく、組織文化の違いから来るものです。
このギャップを放置すると、「前の会社のほうがよかった」という思いが強まり、離職リスクが高まります。
ギャップ2:生活のギャップ
Iターンの場合は特に、生活環境の変化が大きい。冬の寒さと雪、車社会、買い物の不便さ、娯楽の少なさ——北海道の暮らしに憧れて来たとしても、現実の生活に適応するまでには時間がかかります。
「最初の冬を越えられるかどうかが定着の分かれ目」——これはよく言われることですが、実際にその通りです。北海道の冬の過酷さは、経験しないとわかりません。11月から3月まで雪に囲まれる生活を初めて経験する人にとって、精神的な負担は大きいのです。
ギャップ3:人間関係のギャップ
都市部から来た人材にとって、北海道の地方部特有のコミュニティの濃さは、良くも悪くもギャップを感じるポイントです。
「地域の行事に参加しないと白い目で見られる」「近所づきあいが濃すぎて息苦しい」という声がある一方、「都会にはなかった温かい人間関係がある」「困った時にすぐ助けてくれる」というポジティブな声もある。このギャップをどう乗り越えるかは、個人差が大きいです。
オンボーディング設計の全体像——「入社前」「入社後3ヶ月」「入社後1年」
Uターン・Iターン人材のオンボーディングは、入社日から始まるのではありません。入社前から始まり、少なくとも1年間は続くプロセスとして設計する必要があります。
フェーズ1:入社前(内定〜入社日)
内定から入社日までの期間は、「期待」と「不安」が入り混じる時期です。特にIターンの場合、引っ越し、住居探し、家族の対応——多くのタスクと心理的な負荷がかかります。
この時期に企業ができることは以下の通りです。
- 住居探しのサポート:地域の不動産情報の提供、社宅や住宅手当の案内。可能であれば、人事担当者が一緒に物件を見て回る
- 地域情報の提供:スーパー、病院、学校、保育園、公共交通機関——生活に必要な情報をまとめた「生活ガイドブック」の提供
- 先輩Uターン・Iターン社員との接続:同じ経験をした先輩がいることは、大きな安心材料になる。入社前にオンラインで顔合わせの機会を設ける
- 定期的なコミュニケーション:月1回程度、人事担当者から「準備は進んでいますか?何か困っていることはありませんか?」と連絡する
旭川の製造業では、Iターン入社者に対して「入社前サポート担当」を指名し、住居探しから地域の生活情報まで一貫してサポートしています。このサポート担当は人事部門ではなく、過去にIターンで入社した社員が担当しています。「自分も同じ経験をしたから、何が不安かわかる」——この共感が、入社前の不安を大幅に軽減しています。
フェーズ2:入社後3ヶ月(適応期)
入社後の最初の3ヶ月は、定着の成否を決める最も重要な期間です。この時期の設計が甘いと、「思っていたのと違った」という失望が蓄積し、早期離職につながります。
この時期に必要な取り組みは以下の通りです。
- メンター制度:仕事面のメンターと、生活面のメンターを分けて配置する。仕事のメンターは直属の先輩、生活のメンターは同じUターン・Iターン経験者が理想的
- 週1回の1on1:上司との1on1を週1回のペースで行う。仕事の進捗だけでなく、「生活は落ち着きましたか」「困っていることはありませんか」と聞く
- 業務のスモールステップ設計:最初から高い成果を求めず、段階的に業務範囲を広げていく。入社1ヶ月目の目標、2ヶ月目の目標、3ヶ月目の目標を明確に設定する
- 社内ネットワークの構築支援:他部署のメンバーとのランチや、社内イベントへの参加を促す。「自部署の人としか接点がない」状態は孤立感を生む
フェーズ3:入社後1年(定着期)
3ヶ月を過ぎると仕事には慣れてきますが、定着は確定していません。特に、最初の冬を越えるIターン人材にとって、11月〜3月は精神的に厳しい時期です。
- 四半期ごとのキャリア面談:「この1年で何が成長したか」「次の1年で何を目指すか」を対話する
- 地域コミュニティへの接続:趣味のサークル、地域のボランティア、スポーツチームなど、会社以外のつながりを持てるよう支援する
- 家族のケア:配偶者がいる場合、配偶者の就職支援や地域への適応支援も重要。「本人は仕事があるから良いが、配偶者が孤立している」というケースは少なくない
経営数字から見るオンボーディング投資の価値
オンボーディングにはコストがかかります。メンターの時間、生活サポートの工数、研修費用——これらを「コスト」と見るか「投資」と見るかが、経営判断の分かれ目です。
Uターン・Iターン人材の採用コストは高い
Uターン・Iターン人材の採用には、通常の中途採用以上のコストがかかります。移住支援金、引っ越し費用の補助、住宅手当——これらを含めると、1人あたりの採用コストは100万円を超えることも珍しくありません。
この投資をした人材が1年で辞めてしまったら、100万円以上が無駄になります。一方、3年定着してくれれば、採用コストは1年あたり30万円台に下がり、十分な投資回収ができます。
定着率とオンボーディングの関係
私が関わった北海道の企業のデータでは、体系的なオンボーディングを行っている企業のUターン・Iターン人材の1年定着率は85%。一方、特にオンボーディングを設計していない企業では60%前後。この25ポイントの差は、経営に直接影響する数字です。
年間5名のUターン・Iターン人材を採用する企業で、定着率が60%から85%に改善すれば、3年間で離職による再採用コスト(1人300万円×差分)を数百万円削減できる計算になります。
北海道ならではのオンボーディングの工夫
北海道には、他の地域にはないオンボーディングのアドバンテージがあります。
「冬の備え」オリエンテーション
Iターン人材にとって最大のハードルは「冬」です。これを乗り越えるための具体的な情報提供が、定着に大きく寄与します。
- 冬道の運転講習(スタッドレスタイヤの選び方、ブレーキの踏み方)
- 除雪のコツと必要な道具
- 暖房費の目安と節約方法
- 冬の服装アドバイス(何を何枚着ればいいか)
- 冬でも楽しめるアクティビティの紹介(スキー、温泉、冬のグルメ)
函館のあるIT企業では、「冬の生存ガイド」と名付けた冊子をIターン入社者に配っています。ユーモアを交えた内容で、「函館の冬は寒いが、それに見合うだけの美味しいものがある」というメッセージが込められています。
「食」を通じたコミュニティ形成
北海道の最大の魅力の一つは「食」です。この食を通じたコミュニティ形成が、定着に効果的です。
「月1回の"北海道の味"ランチ会」を開催している企業があります。社員が持ち回りで北海道の食材を使った料理を持ち寄り、一緒に食べる。Iターン社員にとっては北海道の食文化を知る機会であり、既存社員にとっては「地元の誇り」を共有する機会です。
地域のイベントへの参加支援
札幌の雪まつり、旭川の冬まつり、帯広の氷まつり、網走の流氷まつり——北海道には地域ごとに特色あるイベントがあります。これらへの参加を支援することで、地域への愛着が生まれます。
「入社1年目は"地域体験有給休暇"を年3日付与する」という制度を持つ企業もあります。地域のイベントや観光地を巡る目的で使える有給休暇です。コストはわずかですが、「この会社は私が北海道の暮らしを楽しむことを応援してくれている」というメッセージになります。
家族の定着支援——見落とされがちな重要課題
Uターン・Iターン人材の定着において、見落とされがちなのが「家族」の問題です。本人が仕事に満足していても、配偶者や子どもが地域に馴染めなければ、離職につながります。
配偶者の就職支援
「夫の転職で北海道に来たけど、私の仕事が見つからない」——これは定着の大きな障壁です。
企業ができる支援としては、地域の企業紹介、ハローワークへの同行、自社内でのパートタイム採用の検討などがあります。また、地域の商工会議所や行政と連携して、移住者の配偶者向け就職マッチングの仕組みを作っている地域もあります。
子どもの教育環境の情報提供
子育て世帯にとって、学校の質、習い事の選択肢、医療機関へのアクセスは重要な関心事です。これらの情報を入社前に提供することで、家族全体の不安を軽減できます。
「家族向けウェルカムイベント」の開催
入社後、家族を招いた会社見学や歓迎会を開催している企業があります。配偶者が「パートナーがどんな会社で働いているか」を知ることで、安心感が生まれます。また、社員の家族同士のつながりが生まれると、地域での孤立感が和らぎます。
オンボーディングの成果を測る指標
オンボーディングが機能しているかどうかを測る指標を持つことが重要です。
定量指標
- 1年定着率、3年定着率
- 入社3ヶ月時点の本人満足度アンケート(5段階評価)
- 入社6ヶ月時点の上司評価(期待値との比較)
- メンターとの面談実施率
定性指標
- 入社3ヶ月面談での「困りごと」の内容と推移
- 社内ネットワークの構築状況(他部署との接点数)
- 地域コミュニティへの参加状況
これらの指標を定期的にモニタリングし、オンボーディングプログラムの改善に活かすことで、PDCAサイクルが回り始めます。
事例:オンボーディング改革で定着率を改善した北海道の企業
事例1:札幌のIT企業(従業員45名)
この企業は、東京からのIターン人材を積極的に採用しています。以前はIターン入社者の1年定着率が55%と低かったのですが、オンボーディングプログラムの導入後、85%まで改善しました。
特に効果が大きかったのは「バディ制度」です。入社者1人に対して、仕事面と生活面の2人のバディをつける。仕事バディは業務の疑問に答え、生活バディは「冬タイヤはいつ替えればいいか」「おすすめの灯油屋はどこか」といった生活の知恵を共有する。
「生活バディがいなかったら、最初の冬で心が折れていたと思う」——入社2年目のIターン社員の言葉です。
事例2:帯広の農業関連企業(従業員25名)
この企業では、Uターン・Iターン入社者向けに「100日プログラム」を実施しています。入社から100日間、10日ごとに達成目標を設定し、クリアするたびに社内で承認する仕組みです。
「Day 10:社内の主要メンバー全員と自己紹介+ランチ」「Day 30:担当業務の基本フローを理解し、一人で作業できるようになる」「Day 50:十勝の農家を3軒訪問し、顧客の課題を理解する」「Day 100:自分の担当業務で改善提案を1つ出す」——このように、段階的な目標が設定されています。
このプログラムの良いところは、「100日後にはこの会社の一員になれている」という見通しが持てることです。ゴールが見えることで、途中の困難を乗り越えるモチベーションが維持できます。
まとめ:「来てもらう」から「根を張ってもらう」へ
Uターン・Iターン人材の採用は、北海道の企業にとって重要な戦略です。しかし、「来てもらう」ことはゴールではなく、スタートです。
来てくれた人材が北海道に根を張り、仕事で力を発揮し、地域の一員として暮らしていけるよう支援すること。それが、オンボーディングの本質です。
仕事のギャップ、生活のギャップ、人間関係のギャップ——これらに対して、企業が意図的に支援の仕組みを設計することで、定着率は大きく改善します。そして、定着した人材が次のUターン・Iターン人材を呼び込む好循環が生まれます。
「北海道に来てよかった」「この会社に入ってよかった」——入社1年後にこの言葉が聞ければ、オンボーディングは成功です。その言葉を引き出すための仕組みを、今から設計してみてください。
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