北海道の医療機関における人事部門の役割と経営参画——「事務方」から「経営の右腕」へ
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北海道の医療機関における人事部門の役割と経営参画——「事務方」から「経営の右腕」へ

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北海道の医療機関における人事部門の役割と経営参画——「事務方」から「経営の右腕」へ

「人事?ああ、採用と給与計算をやっている部署でしょ」

北海道の中規模病院の理事長から、こう言われたことがあります。悪気はないのでしょうが、この認識こそが、医療機関の人事が抱える課題の根源を表しています。

私はこれまで500社以上の企業の人事に関わってきましたが、医療機関の人事は、他の業界と比べて「経営からの距離」が遠いケースが多い。医師、看護師、技師といった専門職が主役の組織において、人事部門は「事務方」として周辺的な位置づけに留まりがちです。

しかし、北海道の医療機関が直面している人材不足、働き方改革、経営環境の変化を考えると、人事部門が「事務方」に留まっていては組織が立ち行かなくなります。この記事では、北海道の医療機関における人事部門の役割を再定義し、経営参画のあり方を考えていきます。


北海道の医療機関が直面する人材課題

北海道の医療機関の人材課題は、全国的な課題と北海道固有の課題が重なっています。

医師の偏在

北海道は広大な面積に対して、医師の分布が札幌圏に偏っています。地方部の医療機関では、常勤医師の確保が困難を極めています。

あるオホーツク地域の病院では、内科の常勤医が1名しかおらず、その医師の退職が病院の存続を脅かしています。「医師を採用したいが、そもそもこの地域に来てくれる医師がいない」——この切実さは、北海道の地方医療に共通する問題です。

看護師の慢性的不足

看護師不足は全国的な問題ですが、北海道では地方部での不足が特に深刻です。新卒看護師の多くが札幌の大規模病院を選ぶため、地方の中小病院は慢性的な人手不足に陥っています。

看護師1名の離職コストは、採用・研修・代替人員の確保を含めると200〜400万円に達します。年間5名の離職がある病院では、1,000万円以上が離職コストとして流出していることになります。

医師の働き方改革への対応

2024年4月から本格施行された医師の働き方改革は、医療機関の人事部門に大きな影響を与えています。時間外労働の上限規制、勤務間インターバルの確保、タスクシフティング——これらの対応は、人事部門の「管理」機能を超えた「経営戦略」としての取り組みが求められます。

多職種の協働と人事管理の複雑さ

医療機関には、医師、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、事務職員——多様な職種が一つの組織の中で協働しています。それぞれの職種に固有の資格体系、キャリアパス、評価基準があり、人事管理の複雑さは他の業界とは比較になりません。


人事部門が「経営の右腕」になるための5つの転換

「事務方」から「経営の右腕」へ。この転換を実現するために、人事部門が取り組むべき5つの変化を提案します。

転換1:「管理」から「戦略」へ

従来の人事部門の仕事は、勤怠管理、給与計算、社会保険の手続き、採用事務——いわゆる「管理業務」が中心でした。これらは確かに重要な業務ですが、ここだけに留まっていては「事務方」のままです。

「戦略的人事」とは、「病院の経営目標を達成するために、どんな人材を、何人、いつまでに確保し、どう育成し、どう配置するか」を設計する機能です。

たとえば、病院が「3年以内に地域包括ケアの拠点病院になる」という経営目標を掲げた場合、人事部門は以下を設計する必要があります。

  • 地域包括ケアに必要な職種と人数の算出
  • 既存スタッフのスキルギャップ分析と研修計画
  • 新規採用の計画と予算
  • 評価制度への「地域連携」項目の追加

これが「戦略的人事」です。経営目標から逆算して人事施策を設計する。この発想の転換が、人事部門の存在意義を大きく変えます。

転換2:「コスト管理」から「投資管理」へ

医療機関の経営において、人件費は最大の費用項目です。収益の50〜60%が人件費で占められる病院も珍しくありません。

この人件費を「コスト」と見るか「投資」と見るかで、人事部門の役割が変わります。「コスト」と見れば、「いかに人件費を削減するか」が人事の仕事になる。「投資」と見れば、「いかに人件費から最大のリターンを得るか」が人事の仕事になります。

具体的には、以下のような分析が求められます。

  • 診療科別の人件費と収益の関係(人件費投資利益率)
  • 教育研修費と生産性向上の相関
  • 離職率と採用・研修コストの関係
  • 残業削減と患者満足度の関係

これらの数字を経営会議で示し、「人に投資することの経営的な意味」を経営層に伝える。これが人事部門の経営参画の第一歩です。

転換3:「現場任せ」から「仕組みで支える」へ

医療機関の人材育成は、「現場のOJT」に依存している部分が大きい。先輩看護師が新人を指導する、上級医が研修医を教える——こうした現場の教育は重要ですが、「教える側の力量」に大きく左右されます。

人事部門が「教育の仕組み」を整備することで、育成の質を均一化できます。

  • クリニカルラダー(看護師の能力段階)の整備と運用支援
  • 多職種合同研修の企画と運営
  • 教育担当者(プリセプター等)への教育
  • eラーニングシステムの導入と運営

旭川の中規模病院では、人事部門が「教育委員会」の事務局を担い、全職種の教育研修を横断的に管理しています。「以前は各部署がバラバラに研修をやっていて重複も抜け漏れもあったが、人事が横串を通したことで効率的かつ体系的な研修が実現した」と看護部長は評価しています。

転換4:「受け身の採用」から「能動的な人材獲得」へ

「求人を出して応募を待つ」という受け身の採用から、「ほしい人材を見つけて口説く」能動的な人材獲得へ。この転換は、特に医師や専門性の高い看護師の採用で重要です。

具体的な取り組みとしては以下が考えられます。

  • 医局との継続的な関係構築(医師採用)
  • 看護学校との早期からの接点づくり(インターンシップ、実習の受け入れ)
  • SNSやWebでの病院ブランディング(「この病院で働く魅力」の発信)
  • リファラル採用(既存スタッフからの紹介)の仕組み化

転換5:「個別対応」から「データドリブン」へ

「あの人が辞めたいと言っている。個別に面談して引き留めよう」——こうした「もぐらたたき」的な対応から、データに基づく「予防的な」人事施策へ。

離職予兆の分析、エンゲージメントサーベイの定期実施、勤務データの分析——これらのデータを活用することで、「問題が起きてから対応する」のではなく、「問題が起きる前に手を打つ」人事が可能になります。


医療機関における評価制度の設計

医療機関の評価制度は、多職種が混在する環境ゆえの難しさがあります。

職種共通の評価軸と職種固有の評価軸

すべての職種に共通する評価軸と、各職種に固有の評価軸を分けて設計することが効果的です。

共通評価軸(例):

  • 患者・利用者への姿勢
  • チームワーク・多職種連携
  • 自己研鑽・学習意欲
  • 組織の理念・方針への共感と実践

職種固有の評価軸(看護師の例):

  • 看護実践の質(クリニカルラダーに連動)
  • 患者教育・退院支援の実績
  • 後輩指導の質と量
  • 医療安全への貢献

職種固有の評価軸(事務職の例):

  • 業務の正確性と効率性
  • 経営データの分析・活用
  • 他部署との調整力
  • 業務改善の提案と実行

評価の「公正さ」を担保する仕組み

医療機関では、評価者(直属の上司)と被評価者の間で、職種が異なるケースがあります。たとえば、事務職の上司が看護師を評価する、あるいはその逆。この場合、専門性の評価が適切にできない可能性があります。

これを補うために、「多面評価」の要素を取り入れることが有効です。直属の上司だけでなく、同職種の先輩やチームのメンバーからのフィードバックを評価に含めることで、公正さが高まります。


事例:人事部門が経営参画を実現した北海道の医療機関

事例1:札幌の総合病院(職員500名)

この病院では、3年前に人事部門を「人事課」から「人材戦略室」に改組し、理事長直轄の組織としました。

人材戦略室のミッションは「病院の経営目標を人材面から支える」こと。具体的には、以下の成果を上げています。

  • 経営会議への人事データレポートの定期提出(離職率、採用コスト、研修投資利益率)
  • 診療科別の人員配置最適化モデルの開発(患者数と必要人員の相関分析)
  • 看護師のキャリアパスの再設計(専門看護師コース、管理者コース、教育者コースの3コース制)
  • 医師の働き方改革対応プロジェクトのリード

理事長はこう語っています。「以前は人事に何を聞いても"人が足りません"しか返ってこなかった。今は"こういう人材をこういう条件で確保すれば、この診療科の収益がこれだけ改善する"というデータとともに提案が来る。これが経営に参画するということだと思う」。

事例2:道東の中規模病院(職員150名)

地方の中規模病院における人事の取り組みです。人事担当は2名だけですが、限られたリソースで効果的な施策を実施しています。

最も効果が大きかったのは「退職面談の体系化」です。それまで退職者には事務的な手続きだけを行っていましたが、人事担当者が30分の退職面談を行い、退職理由を丁寧にヒアリングするようにしました。

その結果、退職理由の共通パターンが見えてきました。「上司とのコミュニケーション不足」「キャリアの先が見えない」「夜勤の負担が大きい」——これらの情報を経営会議で共有し、対策を講じたところ、翌年の離職率が5ポイント改善しました。

データの収集と分析に大きな投資は不要です。「現場の声を体系的に拾い、経営に伝える」——この基本的な機能を果たすだけで、人事部門の経営への貢献は大きく変わります。


北海道の地方医療を支える人事の使命

北海道の地方部では、医療機関は単なる企業ではなく、地域のインフラです。その医療機関が人材不足で機能低下すれば、地域住民の健康と命に直結します。

人事部門が「採用と給与計算をする部署」に留まるのか、「地域医療を人材面から守る部署」になるのか。この違いは、人事部門の自己認識と、経営層からの期待の両方によって決まります。

地方の医療機関の人事担当者からこんな言葉を聞いたことがあります。「うちの病院がなくなったら、この町のお年寄りは30キロ先の病院まで行かないといけなくなる。だから、人材を確保し、育て、定着させることは、私にとって事務の仕事じゃなくて、地域を守る仕事なんです」。

この意識こそが、医療機関の人事が「経営の右腕」になるための出発点ではないかと思います。


まとめ:人事部門の変革は、医療機関の経営変革そのもの

北海道の医療機関における人事部門の役割は、「管理」から「戦略」へ、「コスト」から「投資」へ、「受け身」から「能動」へ転換する必要があります。

この転換は、人事部門だけの努力では実現しません。経営者が人事を経営の重要機能として位置づけ、人事部門に権限とリソースを与え、経営会議への参画を認めること。この経営者の決断が、転換の起点です。

そして、人事部門自身も「事務方」の殻を破り、経営の言語(数字)で語れるようになること。人件費投資利益率、離職コスト、採用のROI——これらの数字を武器に、経営に貢献する人事部門へ。

北海道の医療を支えるのは「人」です。その「人」を支えるのが、人事部門の使命です。

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