
北海道の地方自治体との連携で採用力を高める方法——行政のリソースを活かす戦略的アプローチ
目次
北海道の地方自治体との連携で採用力を高める方法——行政のリソースを活かす戦略的アプローチ
「自治体が移住促進をやっているのは知っています。でも、うちの会社の採用にどう結びつけたらいいか、正直わからなくて」
北見の中小企業の人事担当者から聞いたこの言葉に、多くの企業が共感するのではないでしょうか。北海道の各自治体は、人口減少対策として移住促進や企業誘致に力を入れています。しかし、企業側がその取り組みを自社の採用活動にうまく活用できているかというと、まだ十分とは言えません。
私はこれまで500社以上の企業の人事に関わってきましたが、地方自治体との連携は、北海道の中小企業が採用力を高める上で最も活用されていない有効な手段の一つだと考えています。
この記事では、北海道の地方自治体が提供する支援制度やプログラムを、企業の採用戦略にどう組み込むか、実践的に考えていきます。
なぜ自治体連携が「使えていない」のか
まず、自治体連携が活用されていない理由を整理します。
理由1:情報が届いていない
自治体の移住促進事業や企業支援策は、実は豊富に存在します。移住支援金、就業支援、住宅補助、創業支援——しかし、これらの情報が中小企業の人事担当者まで届いていないケースが多い。
自治体の広報は、住民向けの情報発信には慣れていますが、企業の人事部門に直接リーチする発信は得意ではありません。一方、企業側も「自治体の制度を調べる」という発想自体がない。この「情報の非対称性」が、連携を阻む最大の壁です。
理由2:「行政との連携」のハードルが高く感じられる
中小企業の経営者や人事担当者の中には、「行政と連携する」と聞くと、書類手続きが煩雑で時間がかかるというイメージを持っている方が多い。実際にそういう面がないわけではありませんが、最近は自治体側も民間との連携をスムーズにする取り組みを進めています。
理由3:具体的な連携モデルが見えない
「自治体と連携して採用力を高める」と言われても、具体的に何をどうすればいいのかがイメージできない。このイメージの不足が、行動の壁になっています。
自治体が提供する「使える」支援制度
北海道の自治体が提供する、企業の採用に直結する支援制度を整理します。
移住支援金制度
東京23区に在住または通勤している人が、北海道の対象自治体に移住して就業した場合に支援金が支給される制度です。世帯で最大100万円、単身で最大60万円(自治体により異なる)。
この制度を自社の採用活動に活用するには、まず自社が「移住支援金の対象企業」として登録されている必要があります。登録は自治体の窓口やWebサイトから行えます。
「移住支援金100万円あり」と求人に明記するだけで、Uターン・Iターン候補者の目に留まる確率が上がります。企業側の負担はゼロ(支援金は自治体が支給)なので、使わない理由がありません。
就労体験・おためし移住プログラム
複数の自治体が、移住検討者向けに短期間の就労体験やおためし移住プログラムを提供しています。1週間から1ヶ月程度、地域に滞在しながら地元企業で働く体験ができるプログラムです。
このプログラムに自社を「受入企業」として登録することで、移住を検討している人材と接点を持てます。いきなり転職を決断するのはハードルが高くても、「まずは体験してみる」というステップがあれば、候補者にとっても企業にとってもリスクが低い。
旭川市のおためし移住プログラムを通じて、東京のエンジニアが旭川のIT企業に2週間滞在し、その後正式に入社したケースがあります。「来てみたら想像以上に住みやすかった。会社の雰囲気も良かった」——体験の力は、言葉だけの情報提供より圧倒的に強い。
企業紹介・マッチングイベント
自治体や商工会議所が主催する、移住希望者と地元企業のマッチングイベントへの参加も有効です。東京や大阪で開催される「北海道移住フェア」には、北海道への移住に関心を持つ人が多数来場します。
このイベントに出展する際のポイントは、「会社の紹介」だけでなく「地域の暮らし」も合わせて伝えることです。求職者は「仕事」と「暮らし」の両方を考えて移住先を選んでいます。自治体ブースと隣接する形で企業ブースを出せれば、地域情報と企業情報をワンストップで提供できます。
住宅支援制度
移住者向けの住宅支援制度を持つ自治体も多い。家賃補助、空き家バンク、公営住宅の優先入居——これらの制度を自社の採用条件に組み合わせることで、移住のハードルを下げることができます。
「当社に入社された方は、○○市の移住者向け住宅支援(家賃補助月2万円、最大3年間)を利用できます」——このように、自治体の支援制度を自社の求人条件と一体化して提示することで、候補者にとっての魅力が増します。
自治体連携の実践モデル
ここからは、具体的な連携の進め方を提案します。
モデル1:移住促進部門との直接連携
最もシンプルかつ効果的な方法は、自治体の移住促進担当部門と直接関係を構築することです。
まず、自社が所在する自治体の移住促進担当課を訪問し、「当社はUターン・Iターンの人材を採用したいと考えています。自治体の移住促進事業と連携する方法を教えてください」と相談する。これだけで、さまざまな情報と支援が得られます。
自治体の担当者は、移住希望者からの相談を受けている立場です。「こういう仕事を探している人がいる」「こういう条件なら来てくれそうな人がいる」——こうした生の情報を持っていることがあります。定期的に情報交換する関係を作ることで、マッチングの機会が増えます。
モデル2:地域おこし協力隊制度の活用
地域おこし協力隊は、都市部から地方に移住し、最長3年間、地域活動に従事する制度です。任期終了後、その地域に定住する人も多い。
地域おこし協力隊の「任期終了者」は、地域に慣れ、地域の人間関係もできている人材です。この人材を自社の採用候補として意識するのは、合理的な戦略です。
自治体の協力隊担当部門と連携し、「任期終了が近い隊員に、当社の仕事を紹介してほしい」と依頼する。あるいは、協力隊の活動の一環として自社の事業に関わってもらい、3年の活動を通じて自然な形で採用につなげる。
富良野のある企業では、地域おこし協力隊の任期終了者を3名採用しています。「すでに地域を知り、地域の人と関係ができている人材は、ゼロからの移住者よりも定着率が高い」と人事担当者は話しています。
モデル3:教育機関との連携(自治体を介して)
自治体は地域の高校や大学との接点を持っています。この接点を活用して、地元の学生にインターンシップや企業見学の機会を提供する。
「地元の高校生が地元企業のことを知らない」という問題は、北海道の多くの地域で起きています。高校を卒業して札幌や東京に出ていく若者のうち、「地元に魅力的な企業があることを知らなかった」というケースは少なくないのです。
自治体の教育委員会や商工担当部門を通じて、地元高校でのキャリア教育への協力、インターンシップの受け入れ、職場見学会の開催——これらの取り組みは、将来のUターン人材の「種まき」として重要です。
モデル4:複数企業と自治体の合同採用プロジェクト
単独では採用ブランディングに投資する余裕がない中小企業でも、複数企業と自治体が合同でプロジェクトを組めば、スケールメリットを活かした採用活動が可能になります。
「○○町で働く」というテーマの合同採用サイト、合同企業説明会、合同インターンシップ——自治体がハブとなって地域の企業を束ねることで、「個社の魅力」ではなく「地域の魅力」として発信できます。
帯広市では、十勝の企業8社と市が連携した合同採用プロジェクトを実施しています。「十勝で働く」をコンセプトにしたWebサイトを作成し、東京で合同説明会を開催。個社では難しい規模の採用活動が、自治体との連携で実現しています。
経営数字から見る自治体連携の投資対効果
自治体連携にかかるコストは比較的低い一方、得られる効果は大きい場合があります。
コスト
- 自治体への訪問・関係構築:月1〜2回の訪問、人事担当者の時間
- 移住支援金対象企業の登録:事務手続きのみ(費用なし)
- マッチングイベントへの参加:交通費+人件費(自治体主催なら出展料無料の場合も)
- 協力隊との連携:コーディネーションの時間
効果
- 移住支援金による候補者への金銭的メリット(自社の負担なし)
- マッチングイベントでの直接的な採用リード
- おためし移住プログラムを通じた候補者との関係構築
- 地域ブランドと自社ブランドの相乗効果
人材紹介会社を通じた採用が1人あたり100〜200万円かかることを考えると、自治体連携による採用は圧倒的にコストパフォーマンスが高いと言えます。
自治体との連携で気をつけるべきこと
自治体との連携には、民間企業間の取引とは異なる注意点があります。
スピード感のギャップ
自治体の意思決定は、民間企業と比べて時間がかかる場合があります。予算の制約、議会の承認、関係部署との調整——これらのプロセスを理解した上で、余裕を持ったスケジュールで連携を進める必要があります。
公平性の原則
自治体は特定の企業だけを優遇することはできません。連携の枠組みは、原則として地域の他の企業にも開かれている必要があります。「自社だけの特別扱い」を期待するのではなく、「地域全体の採用力を高める取り組みに参加する」というスタンスが大切です。
担当者の異動
自治体の担当者は定期的に異動します。せっかく関係を構築した担当者が異動してしまうリスクがあります。個人的な関係だけでなく、部署としての連携関係を構築しておくことが重要です。
事例:自治体連携で採用に成功した北海道の企業
事例:上士幌町の企業群
人口5,000人ほどの上士幌町は、ふるさと納税で注目を集めた町ですが、移住促進にも力を入れています。
町の移住促進担当者と地元企業が定期的に情報交換会を行い、「こういう人材を探している」「こういう移住希望者から相談があった」という情報を共有しています。
この連携を通じて、過去3年間で10名以上の移住者が地元企業に就職しています。1人の採用にかかったコスト(企業側の負担)は、人材紹介会社の10分の1以下だそうです。
「自治体の担当者が"うちの町に来ませんか"と言うのと、企業の人事が"うちの会社に来ませんか"と言うのとでは、移住希望者にとっての信頼感が違う。行政のお墨付きがあることが安心感につながっている」——地元企業の代表の言葉です。
まとめ:自治体連携は「タダで使える採用インフラ」
北海道の地方自治体は、人口減少対策として多くの移住促進施策を展開しています。これらの施策は、企業にとって「タダで使える(あるいは非常に低コストで使える)採用インフラ」です。
にもかかわらず、多くの中小企業がこのインフラを活用できていない。情報が届いていない、具体的な方法がわからない、行政との連携に慣れていない——これらのハードルは、意識して取り組めば越えられるものです。
まずは、自社が所在する自治体の移住促進担当部門を訪問してみてください。「うちの会社は人材を求めています。何か連携できることはありませんか?」——この一言から、新しい採用の可能性が開けるかもしれません。
北海道の中小企業にとって、地方自治体は最も身近で、最も活用されていない採用パートナーです。その関係を活かすかどうかは、人事担当者の一歩にかかっています。
関連記事
採用・選考北海道の企業が「採用候補者体験(CX)」を向上させる方法——応募から入社までの全プロセスを候補者の目線で再設計する
書類を送ったのに2週間以上音沙汰がなかった。他の会社に決めました
採用・選考北海道の企業が「内定辞退」を減らすための採用プロセス改善——選考から入社までの「空白期間」をどうデザインするか
内定を出したのに辞退された。しかも入社1ヶ月前に
採用・選考北海道の中小企業が「人材紹介会社」との付き合い方を最適化する方法——手数料に見合う採用を実現するための実践ガイド
人材紹介会社に3社登録しているけど、全然紹介が来ない。来ても、うちが求めている人と違う
採用・選考北海道の企業が「人事BPO」を活用して戦略業務に集中する方法——給与計算を手放して得られる「考える時間」の価値
人事担当は私一人なんですが、毎月の給与計算と入退社の手続きで手一杯です。採用戦略とか人材育成とか、考えたくても考える時間がない