
北海道の企業が副業・兼業制度を導入して人材の幅を広げる方法——「流出リスク」ではなく「成長の仕組み」として
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北海道の企業が副業・兼業制度を導入して人材の幅を広げる方法——「流出リスク」ではなく「成長の仕組み」として
「副業を認めたら、うちの社員が他社に引き抜かれるんじゃないですか?」
函館の中堅企業の社長が、眉をひそめてこう聞いてきました。副業・兼業制度に対する中小企業の経営者の反応は、多くの場合この懸念から始まります。「社員が外で仕事をすれば、うちの仕事がおろそかになる」「他社との接点が増えれば、転職のリスクが高まる」——こうした不安は理解できます。
しかし、私はこれまで500社以上の企業の人事を支援してきた中で、副業・兼業制度は「人材流出のリスク」ではなく「人材の成長と定着の仕組み」として機能する可能性を強く感じています。
むしろ、副業を禁止している企業のほうが、「この会社にいると成長できない」「新しい経験ができない」という理由で人材が流出するリスクがあります。制度を適切に設計すれば、副業・兼業は社員のスキルアップ、モチベーション向上、そして自社の事業にもプラスの効果をもたらします。
副業・兼業を取り巻く環境の変化
厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を改定し、副業・兼業を認める方向性を明確にしています。「原則禁止」から「原則容認」への流れは、社会全体のトレンドです。
北海道の企業にとって、この変化は特に重要です。
変化1:人材の確保が難しい時代
人口減少が進む北海道では、一つの企業が一人の人材を「独占」することが難しくなっています。逆に、副業を認めることで「北海道に住みながら複数の仕事を持つ」ライフスタイルが可能になり、道外からの人材獲得にもつながります。
変化2:スキルの陳腐化が早い時代
技術の進化が加速する中、一つの企業の中だけで必要なスキルをすべて磨くのは困難です。副業を通じて社外の経験を積むことが、社員のスキルアップに効果的です。
変化3:働き方の多様化
「一つの会社で定年まで」というキャリアモデルが崩れつつある中、社員の多様なキャリア志向に応える柔軟さが、企業に求められています。
副業・兼業がもたらす「4つのメリット」
メリット1:社員のスキルアップ
副業を通じて、自社では経験できないスキルや知識を身につけることができます。マーケティングのスキル、IT技術、経営の視点——こうしたスキルを副業で磨いた社員が、自社の仕事に還元してくれる。
札幌のIT企業の社員が、副業で地元の農業法人のWebマーケティングを支援しています。この経験を通じて、「農業×IT」の知見を得た社員は、自社の農業関連プロジェクトで大きな戦力になっています。
メリット2:モチベーションの向上
「自分の力を別の場所でも試したい」——この意欲を持つ社員に副業の機会を提供することで、モチベーションが向上します。副業での成功体験が自信につながり、本業にも好影響を与えます。
メリット3:人材の定着
副業を禁止されている企業で「もっと色々やりたい」と感じた社員は、転職するしかありません。副業を認めれば、「この会社にいながら、新しい経験もできる」ため、退職の必要がなくなります。
メリット4:外部のネットワークの獲得
社員が副業を通じて外部の人や企業とつながることで、自社では得られない情報やビジネスチャンスが生まれる可能性があります。
副業・兼業制度の設計——中小企業向け実践ガイド
設計要素1:対象者の要件
- 入社後1年以上経過していること(まず本業をしっかり身につけてから)
- 直近の評価が一定水準以上であること(本業のパフォーマンスが前提)
- 上司との事前相談を経て、人事部門に届け出ること
設計要素2:禁止する副業の類型
すべての副業を認める必要はありません。以下の類型は禁止が合理的です。
- 競合企業での就業:自社と直接競合する企業での副業は、利益相反のリスクが高い
- 本業に支障をきたす副業:深夜勤務で翌日の本業に影響が出る、本業の時間を圧迫するなど
- 企業の信用を損なう副業:違法行為に関わる副業、自社のブランドイメージに反する副業
- 機密情報の漏洩リスクがある副業:自社の機密情報にアクセスできる立場の社員が、情報を扱う副業を行う
設計要素3:労働時間管理
副業・兼業を行う場合、労働基準法上、本業と副業の労働時間は通算されます。本業で8時間勤務した後に副業で4時間働けば、通算12時間。36協定の上限を超えないよう、労働時間の管理が必要です。
実務的には、副業の想定労働時間を届出に記載してもらい、月次で実態を確認する仕組みが有効です。
設計要素4:届出と報告の仕組み
- 事前届出:副業を始める前に、以下を届け出る
- 副業先の企業名(個人事業の場合は事業内容)
- 業務内容
- 想定する労働時間(週あたり)
- 本業への影響がないことの確認
- 定期報告:四半期に1回、副業の状況(実際の労働時間、本業への影響の有無)を報告する
- 変更届:副業の内容や労働時間に大きな変更がある場合は、その都度届け出る
設計要素5:本業への影響の確認
副業を行うことで本業のパフォーマンスが低下していないかを、上司が定期的に確認します。パフォーマンスの低下が見られた場合は、面談を行い、副業の時間を調整するか、一時中断するかを話し合います。
北海道の企業における副業・兼業の可能性
北海道には、副業・兼業が特に有効な領域があります。
可能性1:IT人材の副業
札幌のIT企業に在籍する社員が、副業で地方の中小企業のDX支援を行う。IT人材が不足する地方部にとって、副業人材は貴重な戦力です。
可能性2:農業・酪農の繁忙期の副業
農業や酪農の繁忙期(夏〜秋)に、他の企業の社員が副業として手伝う。季節変動の大きい北海道の一次産業にとって、副業人材は柔軟な労働力です。
可能性3:観光業の繁忙期の副業
観光業の繁忙期に、他の企業の社員が副業としてホテルや旅館のサービス業務を手伝う。北海道の観光業の人手不足に、副業が一つの解を提供します。
可能性4:地域貢献型の副業
地元のNPO、自治体のプロジェクト、地域のイベント運営——社員がこうした地域貢献型の副業に参加することで、地域との結びつきが強まり、企業の社会的評価も高まります。
可能性5:スキルアップ型の副業
自社では経験できない領域のスキルを、副業を通じて習得する。「本業はバックオフィスだが、副業でマーケティングを学ぶ」「本業はエンジニアだが、副業でプロジェクトマネジメントを経験する」——こうした「スキルの幅を広げる副業」は、本人にとっても企業にとっても価値があります。
副業・兼業制度を導入する際の注意点
注意点1:公平感の確保
副業が可能な職種(事務、IT、企画など)と、副業が難しい職種(シフト制の製造、接客など)の間に不公平感が生じないよう配慮が必要です。副業が難しい職種には、別の形でのスキルアップ機会を提供するなどのバランスが求められます。
注意点2:健康管理への配慮
副業によって過重労働にならないよう、労働時間の管理と健康状態の確認が必要です。「副業で疲弊して本業に支障が出る」状態は、本人にとっても会社にとっても望ましくありません。
注意点3:機密情報の管理
副業を通じて自社の機密情報が漏洩するリスクを管理するため、機密情報の取り扱いルールを明確にし、誓約書を取得します。
注意点4:段階的な導入
最初から全社員に解禁するのではなく、まず一部の部署やポジションで試行し、問題点を洗い出してから拡大する段階的なアプローチが安全です。
事例:副業・兼業制度で人材の幅を広げた北海道の企業
事例:札幌のIT企業(従業員50名)
エンジニアやデザイナーの「もっと色々な経験がしたい」という声に応えるため、副業・兼業制度を導入しました。
制度設計
- 対象:入社1年以上、直近評価B以上の全社員
- 禁止:競合企業での就業、本業に支障をきたす副業
- 届出制:事前に上司と人事に届出、四半期ごとに報告
- 労働時間:副業は週10時間以内を推奨
- 副業経験の共有:年2回の「副業報告会」で、副業で学んだことを社内に共有
結果(2年間)
- 副業を行った社員:15名(全社員の30%)
- 副業の内容:地方企業のDX支援、個人でのアプリ開発、デザイン系の個人受注、NPOでのプロボノ活動、農業法人のIT化支援
- 離職率:14%から7%に改善(「この会社にいながら新しい経験ができる」が定着の理由として挙げられた)
- 副業で得たスキルを本業に活かした事例:8件
- 副業を通じた新規ビジネスの紹介:2件
- 採用面接での「副業はできますか?」への回答で候補者の入社意欲が向上
社長はこう振り返ります。「副業を認めたら社員がいなくなると思っていたが、逆だった。副業ができるから残ってくれる社員が増えた。そして、副業で得た経験が自社にも還元される。一石二鳥どころか、三鳥にもなっている」。
副業・兼業制度導入の「はじめの一歩」
ステップ1:社員に「副業への関心」を聞いてみる
匿名アンケートで「副業に興味がありますか?」「どんな副業をしてみたいですか?」と聞いてみてください。意外と多くの社員が関心を持っていることがわかるかもしれません。
ステップ2:「パイロット」として2〜3名で試行する
全社導入の前に、意欲のある社員2〜3名で3か月の試行期間を設ける。その経験から、制度の課題と改善点を洗い出す。
ステップ3:副業で得た学びを「社内に還元する」場を作る
副業を行った社員が、その経験で学んだことを社内で共有する場を設ける。この「還元」のプロセスが、副業制度を「個人の話」から「組織の資産」に変えます。
副業・兼業制度は、社員を「縛る」のではなく「信頼する」ことで成り立つ仕組みです。社員の成長意欲を認め、自律的なキャリア形成を支援する。その姿勢が、結果として社員の定着とスキルの向上をもたらす。北海道の企業が、この新しい働き方のあり方に踏み出すことを応援しています。
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