北海道の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある宝を組織の財産にする
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北海道の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある宝を組織の財産にする

#組織開発#経営参画#制度設計#データ活用

北海道の中小企業が組織の「暗黙知」を形式知に変える方法——ベテランの頭の中にある宝を組織の財産にする

「あの人が辞めたら、もう誰もわからなくなる。でも、あの人の知識って、マニュアルには書けないんですよ」

釧路の水産加工会社の工場長が、定年間近のベテラン社員を見ながらこう漏らしました。北海道の中小企業の多くが、この問題に直面しています。ベテラン社員の「頭の中」にある経験、判断力、勘所——これらは何十年もかけて蓄積された貴重な知識ですが、本人が退職すれば組織から失われてしまいます。

「暗黙知」とは、言語化されていない知識のことです。マニュアルに書かれた「形式知」とは異なり、「こういう時にはこうする」「この匂いがしたら調整が必要」「この顧客にはこう対応すると良い」といった、経験に基づく知恵です。

私はこれまで500社以上の企業の人事を支援してきましたが、北海道の中小企業にとって暗黙知の形式知化は、人口減少が進むこの時代に「事業を続けるための必須条件」だと感じています。この記事では、暗黙知を形式知に変えるための具体的な方法を考えます。


暗黙知が組織にもたらすリスク

リスク1:ベテランの退職による技術の喪失

北海道では、製造業を中心にベテラン社員の大量退職時期を迎えている企業が多い。一人のベテランが退職するたびに、何十年分の経験と判断力が失われます。

帯広の食品加工会社では、品質管理のベテラン社員が退職した後、製品の不良率が1.2%から3.8%に跳ね上がりました。「あの人がいつも最終チェックで見つけていた微妙な違和感」——言葉にできない品質判断が失われたことの代償は大きかった。

リスク2:属人的な業務プロセスの脆弱性

「この仕事はAさんしかできない」「この顧客への対応はBさんしか知らない」——こうした属人化は、担当者の病欠や急な退職に対して極めて脆弱です。北海道の冬期には、インフルエンザや大雪による急な欠勤が珍しくありません。キーパーソンの不在で業務が止まるリスクは現実的です。

リスク3:新人の育成に時間がかかりすぎる

暗黙知が共有されていないと、新人の育成は「先輩の背中を見て覚える」しかありません。これでは、一人前になるまでに何年もかかる。人手不足の中、育成期間の短縮は経営上の重要課題です。

リスク4:組織の改善が進まない

暗黙知が個人の中にとどまっていると、業務プロセスの改善が進みません。「なぜその方法でやっているのか」が共有されていないため、「もっと良い方法がないか」を検討する出発点がないのです。


暗黙知の「種類」を理解する

暗黙知にはいくつかの種類があります。種類を理解することで、形式知化の方法が見えてきます。

種類1:技術的な暗黙知

  • 機械の微妙な調整方法
  • 製品の品質を判断する感覚(音、匂い、手触り、色合い)
  • 素材の扱い方のコツ
  • トラブル発生時の対処の勘所

種類2:顧客関係の暗黙知

  • 顧客ごとの好みや注意点
  • 取引先との交渉の進め方
  • クレーム対応の勘所
  • 信頼関係の築き方

種類3:業務プロセスの暗黙知

  • 効率的な段取りの組み方
  • 優先順位の判断基準
  • 繁忙期の乗り切り方
  • 季節ごとの業務の注意点

種類4:組織運営の暗黙知

  • 社内の人間関係の力学
  • 部署間の連携のコツ
  • 経営者の判断の傾向
  • 社風や文化の体現方法

暗黙知を形式知に変える「5つの方法」

方法1:ベテランへの「聞き書き」インタビュー

最も基本的で効果的な方法は、ベテラン社員に対するインタビューです。ただし、「ノウハウを教えてください」と漠然と聞いても、有用な情報は出てきません。暗黙知は本人にとって「当たり前」のことだから、聞かれても気づかないのです。

効果的なインタビューの方法:

  • シナリオベースで聞く:「もし○○の状況になったら、どう判断しますか?」「この製品に不良が出たとき、最初にどこを見ますか?」
  • 比較で聞く:「新人がよくやるミスは何ですか?ベテランはなぜそれを避けられるのですか?」
  • 五感で聞く:「どんな音がしたら調整が必要ですか?」「どんな色の変化に注意しますか?」
  • 失敗談から聞く:「過去に大きな失敗をした経験は?そこから何を学びましたか?」

旭川の製造業では、定年退職予定のベテラン3名に対して、各20時間のインタビューを実施しました。「こんなことわざわざ言うまでもないと思っていたが、言われてみれば若い人は知らないだろうな」——ベテラン自身がインタビューを通じて、自分の知識の価値に気づく場面も多くありました。

方法2:作業の「動画記録」

言葉では伝えにくい技術的な暗黙知は、動画で記録するのが効果的です。ベテランが作業している様子をスマートフォンで撮影し、作業しながら「今ここでこうする理由は……」と解説を加えてもらいます。

動画記録のポイント:

  • 手元のアップ、全体の動き、判断のポイントをそれぞれ撮影する
  • 「なぜそうするのか」の理由を必ず言語化してもらう
  • 正しいやり方だけでなく、「よくある間違い」も撮影する
  • 1本の動画は3〜5分に収める(長すぎると見なくなる)

苫小牧の金属加工会社では、ベテラン職人の溶接技術を50本の動画に記録しました。「この角度で、このスピードで」——文字だけでは伝えられない技術が、動画なら一目でわかる。新人の技術習得期間が平均6か月短縮されました。

方法3:「ペアワーク」による知識の移転

ベテランと若手がペアで一緒に業務を行い、作業しながら知識を伝達する方法です。

ペアワークの進め方:

  • 週に1〜2日、ベテランと若手をペアで配置する
  • 若手が作業を行い、ベテランがリアルタイムでアドバイスする
  • 若手は、ベテランのアドバイスをその場でメモする
  • ペアワーク後に、15分の振り返りを行う(「今日学んだことは何か」)

この方法の利点は、「実際の業務の文脈の中で」暗黙知が伝達されることです。座学やマニュアルでは得られない「現場の感覚」が、自然に移転されます。

函館の建設会社では、現場監督のベテランと若手のペアワークを6か月間実施しました。「教科書には載っていない現場の判断」——天候の変化に応じた作業計画の修正、職人への指示の出し方、安全管理の勘所——こうした暗黙知が、若手に着実に移転されました。

方法4:「マニュアル+判断基準」の文書化

作業手順のマニュアルは多くの企業にありますが、「判断基準」まで書かれているマニュアルは稀です。暗黙知の多くは、この「判断基準」の中にあります。

マニュアルに追加すべき「判断基準」:

  • 「○○の場合はAの手順、△△の場合はBの手順」——状況に応じた判断の分岐点
  • 「○○がXの範囲なら正常、Yを超えたら要注意」——品質判断の基準値
  • 「この季節はZに注意する」——季節や環境に応じた注意点
  • 「○○の顧客には△△のアプローチが有効」——顧客対応の個別知識
  • 「○○のトラブルが発生したら、まずAを確認し、次にBを確認する」——トラブルシューティングの手順

北見の食品製造会社では、従来のマニュアル(30ページ)に「判断基準書」(20ページ)を追加しました。「味の濃さの判断基準」「原材料の品質チェックポイント」「季節ごとの製造条件の調整」——ベテランの判断基準を文書化したことで、品質のばらつきが大幅に減少しました。

方法5:「ナレッジ共有会」の定期開催

月に1回、30〜60分のナレッジ共有会を開催し、ベテランが自分の知識を発表する場を設けます。

共有会の進め方:

  • 毎回テーマを決める(「トラブル対応のコツ」「効率的な段取り」「顧客対応の秘訣」など)
  • ベテラン1名が15分のプレゼンテーション
  • 参加者からの質疑応答15分
  • 共有された知識を議事録として文書化し、社内で共有

釧路の水産加工会社では、月1回の「匠の知恵共有会」を2年間継続しています。ベテラン6名が持ち回りで、自身の経験や知恵を共有。48回の共有会で蓄積された知識は、「匠の知恵データベース」として社内ポータルに格納され、いつでも参照できる状態になっています。


ベテランの協力を得るための工夫

暗黙知の形式知化を進める上で、最も重要なのはベテラン社員の協力を得ることです。しかし、「自分の知識を出したら、自分が要らなくなるのでは」という不安を抱くベテランも少なくありません。

工夫1:「教える」ことを正式な役割にする

ベテランを「技術指導者」「ナレッジマイスター」として正式に任命し、指導手当を支給する。「教えること」が業務として認められることで、心理的なハードルが下がります。

室蘭の製造業では、ベテラン2名を「技術伝承マイスター」に任命し、月額2万円の手当を支給しています。「自分の技術が組織に残ることが、この会社への最大の貢献だと言ってもらえて嬉しかった」——マイスターの言葉です。

工夫2:経営者がベテランの価値を認める

「あなたの知識は、この会社の財産です。それを次の世代に引き継いでほしい」——経営者がこの言葉を直接伝えることの効果は絶大です。

工夫3:形式知化のプロセス自体をベテランの功績にする

作成されたマニュアルや動画に「○○さんの監修」と明記する。ベテランの名前が残ることで、「自分の知識が組織の財産として認められた」という満足感が生まれます。


北海道の企業ならではの暗黙知の特徴

特徴1:季節に関する暗黙知

北海道の産業は季節の影響を強く受けます。「冬期の建設現場ではこうする」「春先の融雪期にはこう対応する」「夏の観光繁忙期にはこう段取りする」——季節ごとの対応に関する暗黙知は、北海道企業に特有のものです。

特徴2:地域特有の取引慣行

「この地域の農協とはこう付き合う」「この地域の企業との取引では○○に注意する」——地域に根ざした取引慣行の知識は、ベテランの退職と同時に失われがちです。

特徴3:自然環境に関する暗黙知

「この天候パターンの時は○○が起きやすい」「雪解けのタイミングはこう読む」——自然環境との付き合い方に関する暗黙知は、農業、建設、物流など、北海道の基幹産業において極めて重要です。


事例:暗黙知の形式知化で品質と生産性を維持した北海道の企業

事例:帯広の食品加工会社(従業員45名)

この企業は、ベテラン社員4名の退職を2年後に控えていました。4名が担当している工程は、品質管理、製造ライン調整、設備保全、原材料の仕入れ——いずれも暗黙知に大きく依存している業務でした。

取り組み(2年間の計画)

  • 4名のベテランに対して、各30時間の「聞き書き」インタビューを実施
  • 作業の動画記録120本を制作
  • 各工程の「判断基準書」を作成(合計80ページ)
  • ペアワーク制度を導入(週2日、ベテランと若手のペア作業)
  • 月1回の「匠の知恵共有会」を開始
  • ベテラン4名を「技術伝承マイスター」に任命(手当月1.5万円)

結果

  • ベテラン退職後の製品不良率:上昇なし(0.8%を維持)
  • 若手の技術習得期間:平均18か月から10か月に短縮
  • 「判断基準書」の活用率:若手社員の92%が「参考にしている」と回答
  • 動画教材の視聴回数:月平均350回
  • ベテランの退職後も安定した生産体制を維持し、主要取引先との契約を全件更新

工場長はこう話しています。「2年前に何もしていなかったら、今頃大変なことになっていたと思う。ベテランの知恵は、想像以上に深くて広かった。それを形にできたことが、会社にとって一番の資産になった」。


暗黙知の形式知化の「はじめの一歩」

ステップ1:「この人が辞めたら困る」リストを作る

「もしこの人が明日いなくなったら、何が困るか」を、主要な社員一人ひとりについて書き出してみてください。そのリストが、形式知化すべき暗黙知の優先順位を示しています。

ステップ2:ベテラン1名に30分の「聞き書き」を試みる

最もリスクの高い(退職が近い、担当業務が属人的な)ベテラン1名に、30分の時間をもらい、「この仕事で一番大事なコツは何ですか?」と聞いてみてください。驚くほど多くの知恵が出てくるはずです。

ステップ3:スマートフォンで作業を1本撮影する

ベテランの作業風景を、スマートフォンで3分程度の動画に撮影してみてください。「なぜそうするのか」を解説してもらいながら撮影する。その1本が、形式知化の最初の成果物になります。

暗黙知の形式知化は、「余裕があるからやる」ものではなく、「今やらなければ手遅れになる」ものです。北海道の中小企業が、ベテランの頭の中にある宝を組織の財産に変え、次の世代に受け継いでいくこと。それが、人口減少時代に事業を持続させるための、最も確実な投資だと考えています。

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