
札幌のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法——「自由な社風」を壊さず、組織を強くする
目次
札幌のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法——「自由な社風」を壊さず、組織を強くする
「10人の時は最高のチームだったんです。でも30人になったら、なんだかバラバラで……」
札幌のSaaS系ベンチャーの代表から、こんな相談を受けたのは2年前のことでした。創業から3年、プロダクトが市場に受け入れられ、急速に人が増えている。しかし、10人時代の「阿吽の呼吸」が通じなくなり、誰が何を担当しているのか曖昧になり、評価基準もない。優秀な人材が「この先のキャリアが見えない」と言って辞めていく——。
札幌はいま、IT・スタートアップの集積地として注目されています。Sapporo Valley構想のもと、多くのベンチャー企業が生まれています。しかし、その多くが「急成長期の人事制度の壁」にぶつかっています。
私はこれまで500社以上の企業の人事を支援してきましたが、ベンチャーの急成長期における人事制度の整備は、特に難易度が高いテーマです。「制度がないと組織が崩れる。しかし、制度を入れすぎると自由な社風が死ぬ」——このジレンマをどう乗り越えるか。この記事で考えていきます。
札幌ベンチャーの「急成長期」に何が起きるのか
急成長期のベンチャーで共通して起きる現象を整理します。これらは札幌に限った話ではありませんが、札幌特有の事情も加わります。
現象1:「暗黙の了解」が通じなくなる
創業初期の5〜10人のチームでは、全員が創業者の考えを直接聞ける距離にいます。「うちの会社はこういう方針だ」ということを、言葉にしなくても共有できている。しかし、30人、50人と増えると、創業者と直接話す機会がない社員が出てきます。
「うちの会社ってどういう方針なんですか?」——入社3か月目の社員からこう聞かれて、「えっ、そんなこと聞く?」と驚く創業メンバー。この温度差が、組織の分断の始まりです。
現象2:評価の基準がわからない
創業初期は、「みんな頑張ってるよね」で済んでいた評価が、人数が増えると通用しなくなります。「なぜあの人が昇給したのに、自分はしないのか」「何をすれば評価されるのか」——こうした疑問が出てきます。
札幌のベンチャーで特に多いのが、「東京から来た人と、地元の人の給与格差」の問題です。東京水準の給与で採用した中途人材と、札幌の相場で入社した既存社員の間に給与差がある。この差を合理的に説明できる制度がないと、不公平感が組織を蝕みます。
現象3:マネジメント層が育っていない
急成長期のベンチャーでは、「仕事ができる人」がそのまま「マネージャー」に昇進するケースが多い。しかし、「仕事ができること」と「人をマネジメントできること」は別の能力です。
札幌のベンチャーでは、エンジニアとしてトップクラスの実力を持つ人が、チームリーダーになった途端にパフォーマンスが下がるケースを何度も見てきました。「コードを書く時間が取れない」「メンバーのモチベーション管理が苦手」——優秀な個人貢献者をマネージャーにすることで、「2つのポジションで2つの損失」を生んでしまうのです。
現象4:「辞める人」が出始める
創業初期は、ビジョンへの共感とスタートアップの熱気で人が集まります。しかし、組織が大きくなると、「この会社での自分のキャリアパスが見えない」「評価の仕組みがなくて不安」という理由で離職が始まります。
特に、エンジニアの離職は札幌のベンチャーにとって致命的です。札幌のIT人材市場は東京に比べて小さく、優秀なエンジニアの採用は容易ではありません。一人のエンジニアの離職が、プロダクトの開発スケジュール全体に影響を与えることもあります。
「制度を入れると自由がなくなる」は本当か
急成長期のベンチャーで人事制度の話をすると、ほぼ確実に出てくるのがこの反論です。「うちの良さはフラットで自由なところ。制度を入れたら、大企業みたいに硬くなってしまう」。
この懸念は理解できます。しかし、私の経験では、「制度がないこと」と「自由であること」はイコールではありません。むしろ、制度がないことが「自由」を奪っているケースのほうが多い。
制度がなければ、「何をどう頑張れば評価されるか」がわからない。これは自由ではなく、不安です。制度がなければ、「給与の決め方」が創業者の主観に左右される。これは自由ではなく、不透明です。制度がなければ、「キャリアの先」が見えない。これは自由ではなく、閉塞感です。
適切な人事制度は、社員に「安心して自由に挑戦できる土台」を提供するものです。制度によって社員の行動を縛るのではなく、制度によって社員の不安を取り除く。この発想の転換が重要です。
急成長期に最低限整えるべき「3つの制度」
すべてを一度に整える必要はありません。急成長期のベンチャーがまず整えるべき制度は、3つです。
制度1:等級制度(グレード制度)
「誰がどのレベルで、何を期待されているか」を明確にする制度です。
ベンチャーの場合、大企業のような複雑な等級制度は不要です。3〜5段階のシンプルなグレード設定で十分です。
例えば、以下のような設計が札幌のベンチャーで実際に機能しています。
- G1:メンバー——指示を受けて業務を遂行する。一つの領域で基本的なスキルを持つ
- G2:シニアメンバー——自律的に業務を遂行する。自分の領域で専門性を発揮する
- G3:リード——チームや領域をリードする。メンバーの育成にも関わる
- G4:マネージャー——部門の成果に責任を持つ。組織設計や制度づくりにも関与する
- G5:ディレクター/VP——事業全体に影響を与える意思決定を行う
ポイントは、各グレードの「期待される行動・成果」を具体的に記述することです。「G2とG3の違いは何か」が社員に明確に伝わらなければ、制度は機能しません。
札幌のフィンテック系ベンチャー(社員35名)では、この5段階のグレード制度を導入した結果、「何をすれば昇格できるか」が明確になり、入社6か月以内の離職率が25%から8%に改善しました。
制度2:報酬制度
「なぜこの給与なのか」を説明できる仕組みです。
ベンチャーの報酬制度で重要なのは、以下の3つの要素です。
- 市場水準との整合性:札幌のIT人材市場の相場を把握し、競争力のある水準を設定する
- 等級との連動:各グレードに報酬レンジ(幅)を設定し、「このグレードなら年収○○万〜○○万」と明示する
- 昇給の基準:何をすれば昇給するのか、その基準を明確にする
札幌ベンチャー特有の課題として、「東京水準と札幌水準の給与差」があります。東京から採用した人材と、札幌で採用した人材で同じグレードなのに給与が異なる——これは不公平感を生みます。
解決策としては、「職種×グレード」で報酬レンジを設定し、採用地域に関係なく同一基準を適用することが有効です。その上で、札幌の生活コストの低さをアピールポイントとして採用戦略に活かす。「東京と同じ給与で、札幌の豊かな暮らしができる」——これは札幌ベンチャーの強力な採用メッセージになります。
制度3:評価制度
「何を、どう評価するか」の仕組みです。
ベンチャーの評価制度は、シンプルであることが最も重要です。複雑な評価シートを作っても、忙しい現場では運用されません。
おすすめは、「成果」と「行動」の2軸評価です。
- 成果:半期(6か月)の目標に対する達成度。OKR(Objectives and Key Results)を使う企業が多い
- 行動:バリュー(会社の価値観)に基づく行動の評価。「自律的に動いたか」「チームに貢献したか」「挑戦したか」など
評価は半期に1回、上司との1on1面談で行い、フィードバックを丁寧に伝える。「あなたの成果はこう評価した。理由はこうだ。次に期待することはこれだ」——この透明性が、社員の納得感を生みます。
札幌ベンチャーが陥りがちな「制度設計の失敗パターン」
制度を作ること自体は難しくありません。難しいのは、「ベンチャーに合った制度」を作ることです。よくある失敗パターンを紹介します。
失敗1:大企業の制度をそのまま持ち込む
「前職で使っていた制度が良かったから、そのまま導入しよう」——大企業出身の人事担当者がやりがちなミスです。大企業の制度はその規模と文化に最適化されたものであり、30人のベンチャーにはフィットしません。
評価項目が20個もある評価シート、四半期ごとの複雑なレビュープロセス、何層にもわたる承認フロー——これらはベンチャーのスピードを殺します。
失敗2:制度を作って終わり
制度は「作ること」が目的ではなく、「運用すること」が目的です。美しい制度設計書を作ったのに、誰も使っていない——こうした状態は珍しくありません。
制度の導入後、少なくとも最初の1年間は、四半期ごとに「制度はうまく機能しているか」を振り返り、必要に応じて修正する。ベンチャーの制度は「完成品」ではなく「プロトタイプ」です。
失敗3:エンジニアと非エンジニアを同じ物差しで測る
IT系ベンチャーでは、エンジニアの評価に悩むケースが多い。エンジニアの成果は「コードの品質」「アーキテクチャの設計」「技術的な課題解決」など、非エンジニアには評価しにくい領域です。
エンジニア用の評価基準を別途設計し、技術的な専門性を持つ人が評価に関与する仕組みが必要です。札幌のベンチャーでは、CTOやテックリードが評価に参加する「テクニカルレビュー」を設けている企業が増えています。
失敗4:「個人の成果」だけを評価する
ベンチャーでは「スター社員」が目立ちやすい。しかし、チームの成果に貢献しているが、個人の成果としては見えにくい仕事をしている人もいます。ドキュメントの整備、コードレビュー、新人のオンボーディング——こうした「縁の下の力持ち」を評価する仕組みがないと、「目立つ仕事だけをやる」というインセンティブが生まれてしまいます。
マネジメント層の育成——ベンチャーの最大の課題
急成長期のベンチャーにおいて、人事制度の整備と同じくらい重要なのが、マネジメント層の育成です。
「名ばかりマネージャー」を作らない
急成長期には、チームが増えるスピードに合わせてマネージャーを任命する必要があります。しかし、「あなた、明日からマネージャーね」と言われて、突然マネジメントができるようになる人はいません。
マネジメントは「スキル」です。学び、練習し、フィードバックを受けて上達するものです。マネージャーに任命する前、あるいは任命と同時に、マネジメントスキルを学ぶ機会を提供することが不可欠です。
マネージャーに求める「最低限の3つのスキル」
ベンチャーのマネージャーに、最初から完璧なマネジメントを期待するのは無理です。まず最低限、以下の3つのスキルを身につけてもらうことを目標にします。
- 1on1の実施:メンバーと定期的に(最低2週に1回)1on1ミーティングを行い、業務の進捗、困っていること、キャリアの希望を聞く
- 目標設定とフィードバック:メンバーの目標を一緒に設定し、定期的に進捗をフィードバックする
- 期待値の伝達:「あなたに何を期待しているか」を明確に言葉で伝える
この3つが実行できるだけで、マネジメントの質は大幅に改善します。
札幌ベンチャーにおけるマネージャー育成の工夫
札幌のAI系ベンチャー(社員50名)では、「マネジメント勉強会」を月1回開催しています。マネージャー全員が参加し、「今月のマネジメントで困ったこと」を共有し、解決策を一緒に考える場です。
外部からマネジメントコーチを招くこともありますが、多くの回は「お互いの経験から学び合う」形で運営されています。「自分も同じことで悩んでいた」「うちのチームではこうやって解決した」——マネージャー同士の横のつながりが、孤立しがちなマネージャーの支えになっています。
採用と制度の整合性——「入り口」と「中身」を一致させる
制度を整えることは、採用にも好影響を与えます。
求職者が知りたいのは「自分の将来」
特にエンジニアの採用面接で、候補者から必ず聞かれるのが「評価制度はありますか」「キャリアパスはどうなっていますか」という質問です。「うちはまだスタートアップなので、制度はこれから作ります」という答えは、優秀な候補者を遠ざけます。
等級制度と報酬制度が整備されていれば、「入社後のグレードはここ、報酬レンジはここ、次のステップに進むために期待されることはこれ」と具体的に説明できます。この透明性が、候補者の意思決定を後押しします。
札幌ならではの採用メッセージと制度の接続
札幌ベンチャーの採用における最大の武器は、「札幌の暮らしの豊かさ」です。しかし、これだけでは長く働き続ける理由にはなりません。「札幌で豊かに暮らしながら、キャリアも成長できる」——この両方を提示するために、人事制度の整備は欠かせません。
「札幌で、東京と同水準の報酬。明確なキャリアパス。成長機会が豊富。そして、通勤30分の快適な暮らし」——この採用メッセージを制度が裏付けることで、札幌ベンチャーの採用力は大きく向上します。
事例:人事制度の整備で組織を立て直した札幌ベンチャー
事例:札幌のHRテック系ベンチャー(従業員40名)
このベンチャーは、プロダクトの成長に伴い、2年間で15人から40人に急拡大しました。しかし、人事制度がまったく整備されておらず、以下の問題が噴出していました。
- 同じ職種なのに、入社時期によって給与が大きく異なる
- 誰がマネージャーなのか、権限の範囲が曖昧
- 評価制度がなく、昇給の基準が不透明
- 「この会社にいても成長できない」と感じる社員が増加
- 入社1年以内の離職率が30%
経営陣は「制度を作ると自由な社風がなくなる」と抵抗していましたが、相次ぐ離職を受けて、人事制度の整備に着手しました。
取り組み1:グレード制度の導入(1か月目)
5段階のグレード制度を導入し、全社員をいずれかのグレードに格付けしました。各グレードの「期待される役割・スキル・行動」を明文化し、全社員に公開しました。
取り組み2:報酬レンジの設定(2か月目)
各グレードに報酬レンジを設定しました。既存社員の中で、グレードに対して報酬が低い人については、段階的に調整する計画を立てました。
取り組み3:評価制度の導入(3か月目)
半期ごとのOKRに基づく成果評価と、バリューに基づく行動評価の2軸で評価する制度を導入しました。評価は上司との1on1で行い、結果は本人にフィードバックします。
取り組み4:マネージャー研修の実施(4か月目)
グレード3以上のマネージャー8名に対して、1on1の進め方、目標設定の方法、フィードバックの伝え方を学ぶ研修を実施しました。
結果
制度導入から1年後、以下の変化が見られました。
- 入社1年以内の離職率:30%から12%に改善
- 社員満足度調査の「評価の納得感」:32%から71%に向上
- 採用面接での辞退率:45%から20%に改善
- 「キャリアの見通しがある」と答えた社員:28%から68%に増加
制度を入れたことで「自由がなくなった」という声はほとんどなく、むしろ「安心して仕事に集中できるようになった」という声が多く聞かれました。
急成長期の人事制度整備——「はじめの一歩」
最後に、札幌のベンチャー企業が人事制度の整備を始めるための具体的なステップを示します。
ステップ1:現状の「痛み」を把握する(1週間)
社員10名程度にヒアリングを行い、「今、何に困っているか」「何が不安か」を聞く。制度を作る前に、「何のために制度を作るのか」を明確にする。
ステップ2:等級と報酬のフレームを作る(2〜4週間)
5段階程度のグレード制度と、各グレードの報酬レンジを設計する。最初から完璧を目指さず、「たたき台」として全社に共有し、フィードバックを受ける。
ステップ3:評価サイクルを回す(半年)
半期ごとの評価サイクルを開始する。最初の1回は「練習」のつもりで、運用上の課題を洗い出す。
ステップ4:振り返りと改善(半年ごと)
制度が機能しているかを半年ごとに振り返り、必要に応じて修正する。社員からのフィードバックを積極的に集め、制度を進化させ続ける。
急成長期のベンチャーにとって、人事制度の整備は「守り」ではなく「攻め」の施策です。社員が安心して力を発揮できる環境を作ることが、結果として事業の成長を加速させる。札幌のベンチャーエコシステムがさらに発展するために、一社でも多くの企業がこの一歩を踏み出すことを願っています。
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